Jooju Boobu 第27回

(2005.6.09更新)

Rinse The Raindrops(2001年)

 今回の「Jooju Boobu」は、ポールの21世紀初のアルバム「ドライヴィング・レイン」(2001年)の実質的なラスト・ナンバー『Rinse The Raindrops』を語ります。邦題は「雨粒を洗い流して」。近年のポールの楽曲では珍しく邦題がついていますが、まぁ妥当かな。ポールのアルバムのラスト・ナンバーとしては珍しくボリューム感たっぷりのロックナンバーとなっているこの曲。「ドライヴィング・レイン」自体ロック色の強いアルバムですが、この曲はそんなアルバムにおいて輪をかけてロック色の濃い曲です。ポールがロックしている姿を余すことなく堪能できる、今回はこの曲に触れてゆきます。

 今回このコラムで初登場のアルバム「ドライヴィング・レイン」は、ポールが長年連れ添ってきた愛妻リンダを亡くしてから初めて手がけたオリジナル・アルバムです。同時に、新たな恋人(にして、結婚したものの離婚の憂き目にあう・・・)ヘザーと出会った頃に作られたアルバムです。そのため、詞作面でこの2人の女性が影響しているのは承知の通り。人生の転機を迎えたポールの苦悩がうかがい知れます。一方、サウンド面では4年前の前作「フレイミング・パイ」からがらりと変わります。このアルバムのセッションは2001年2月と6月の短期間に行われていますが、これは1999年のロックンロールのカヴァーアルバム「ラン・デヴィル・ラン」を踏襲しています(というより、ポールにとって短期間録音が当時のお気に入りのスタイルとなった)。そして、そのアルバムと同じく、シンプルなバンドサウンドを基本としています。数人の友人とゆったり録音した「フレイミング・パイ」とは全く異なっています。しかも、今回集めたバンドメンバーはすべてポールと接点がなかった若手アメリカ人。プロデューサーもデヴィッド・カーンとの初顔合わせという、一種のサプライズ人事だったわけです。ちなみに、その若手メンバーのうちラスティー・アンダーソン(ギター)とエイブ・ロボリエル・ジュニア(ドラムス)はその後現在に至るまでポールのツアーメンバーとして定位置を占めている他、プロデューサーのデヴィッド・カーンはアルバム「追憶の彼方に」(2007年)も手がけることになります。

 ポールとしては異例の人選にして、かつての「ランピー・トラウザーズ」に比べて大幅な若返りとなったバンドメンバーの集結の結果か、アルバムに収録された楽曲の大半が力強いロックやブルース。さらに、現在流行のサウンド・テクノロジーをアレンジに加えたことにより、再び時代を捉えた現役感がポールのアルバムに復活することになりました。全15曲(+1曲)、1時間を越える演奏時間からもその意欲が伝わってきます。そしてファンとしてはうれしい出来事も。アレンジと共にポールも急に若返っています。このアルバムで聴かれるのは、眉間にしわを寄せてのシャウト、シャウト、シャウトの連続です!当時60歳に届かんとしたポールからは想像もできません。「フレイミング・パイ」でビートルズ懐古趣味に浸りながら老け込んでしまったと思われていたのが(苦笑)、一転してこれですから、この人の底力には本当に驚かされます。ポールにとっては、そのキャリアでも珍しい本格的なロック・アルバムとなりました。

 このように、久々のロック・チューンでポールのロック節をたっぷり堪能できる「ドライヴィング・レイン」ですが、その長い長いアルバムのラスト・ナンバーとして仕立てられたのがこの『雨粒を洗い流して』です。実は、アルバム発売直前になって米国同時多発テロ事件を受けたポールが『Freedom』を急遽録音しアルバムの最後に追加しているため、実際発表されたアルバムのラストにはなっていないのですが・・・(汗)、『Freedom』はあくまでもボーナス・トラック的要素が強いのでラストはやっぱりこの曲といえるでしょう。そしてその曲、ポールがラストに配置したのがよく分かるような、実に壮大で力強い楽曲なのです!

 ポールのアルバムは、そのほとんどをバラードナンバーで締めくくる例が占めています。中でも'80年代からは、アルバムの最後に壮大なバラードナンバーを置くことが主流となってきました。そんな中、それと対極を成す壮大なロックナンバーで締めくくった数少ない例が、『西暦1985年』(「バンド・オン・ザ・ラン」)と『モース・ムースとグレイ・グース』(「ロンドン・タウン」)だったのですが、それに続かんと登場したのがこの曲です。そしてこの曲では、過去の実例2曲を軽く凌駕してしまうかのような迫力があります。それを象徴付けるのが、この演奏時間。なんと、10分ちょっとという非常に長い演奏時間を誇るのです!恐らくポールの楽曲でも1,2を争うのではないでしょうか(『Secret Friend』の方が長いか・・・)。10分だけあって、「壮大さ」において凌駕しているのは誰も否定できないでしょう。さらに驚くべきことに、CDで聴けるのは編集されていて、オリジナルは実に30分も続いていたそうです!残念なことにその音源は一切(ブートでも)陽の目を浴びていませんが、今聴ける演奏時間の3倍もあった・・・と考えるとその壮大さに感服してしまいます。

 このことからも分かるように、この曲は実はバンドメンバーとのジャム・セッション中に出来上がった曲らしいです。それで30分も延々と演奏していたわけです。それを、アルバムに収録する際に編集して、オーヴァーダビングやミキシングを加えて1/3にしています。この点は『モース・ムース〜』にも共通していますね。1/3になっても、ジャムの熱気がそのまま閉じ込められたような一発録りのフィーリングはそのまま残されています。ジャム・セッションというとラフでまとまりのないものを想像してしまいがちですが、アルバムの他の楽曲と同じくしっかり仕上げられているのでその点は問題ありません。

 そして、この曲の迫力を決めているのは言うまでもなく演奏とヴォーカルでしょう!ロック色の濃いアルバムにおいても、最もタイトでワイルドです。構成など気にせずにアドリブで演奏されるジャム・セッションだからこそできた、力強い演奏です。この後追い追い触れてゆきますが、若手プレイヤーの導入の効果は絶大です。そして一番ロックしているのは、ポールその人でしょう!これが60歳近いおじさんとは到底思えない気迫です。自らも若返ったセッションの結晶が、この曲でのヴォーカルに表れたといえます(これも後述しますが・・・)。ウイングス時代よりさえも、ポール含めたバンド全体が本気にロックしていて、鬼気迫っています。この時点で、既に『モース・ムース〜』の迫力を軽く凌駕してしまっています。

 実は、この曲はサビ(メロか?)1つのみで構成されています。それをただひたすら繰り返すだけ、という構成です。そのあおりを受けて歌詞もたった8文しか存在しません(ちなみに、この曲はポールにしては珍しく歌詞の方が先にできたらしい)。それを知って、「なんだ、そんなのを10分も延々と繰り返されたら単調でつまらないじゃないか」という意見が出てきそうですが、そう考えたら大間違い。ポールのアレンジと演奏者(ポール含む)の若々しい勢いがそうはさせません。さすがに、気づいたらあっという間にエンディングだった・・・というわけにはいきませんが(汗)、それでも演奏時間を気にさせないようなつくりになっています。

 この曲は、大きく分けて2つのパートに分けられます。最初・最後と、真ん中のパートでは大きくアレンジが異なっているのです。その違いといえば、一瞬「これって同じメロディの同じ曲?」と思ってしまうほど。元々のジャムではもっと違う部分があったのかもしれませんが、がらっと変わる2つのパートを据えたことで、演奏時間と合わせて否応にも「ロック・シンフォニー」といった趣を醸し出しています。曲を通して一辺倒のアレンジだと退屈しかねませんが、編集の仕方が図らずも効を奏したといえるでしょう。それでは、ここでその2つのパートを登場順に語ってゆきましょう。

 序盤のパートは、ハードなエレキギターのリフで始まります。エレピとのユニゾンになっているのですが、この印象的なリフが曲全体を通して中核を担っています。もしかしたらこの曲は、このリフから発展していった曲かもしれません。このフレーズ含め、曲中でハードなギターを弾き続けるのはラスティーです。そこにエイブのドラムスが入り、いかにも何か始まりそうな期待を抱かせるイントロへ。その長いイントロを経て、ポールのヴォーカルが入ります。この序盤はアップテンポでタイトなリズムでロック・フィーリングを感じさせるには十分なのですが、なぜかどこか間抜けた雰囲気も出ているのが、不思議な所です(苦笑)。これは聴いていただけると分かりますが・・・、若干ドタバタ風のドラミングが原因でしょうか。現に、この箇所が某「ひげダンス」をほうふつさせるという論評を各地で目撃するしだいです(笑)。[確かにそうかも・・・!]それはともかく。ここでのポールのヴォーカルスタイルはシャウトそのもの。少し枯れ気味なのは年齢を考えればいたし方ないですが、とても60歳近くの人が出す歌声ではありません。実は、ウイングス時代よりも本気でシャウトしているのでは・・・?とつい思ってしまいます。同じフレーズの繰り返しですが、徐々にアドリブでメロディを崩してゆくのはジャムならではのアレンジでかっこいいです。このアップテンポのパートは、サビを3度繰り返すといったん終了します。ここまででまだ2分半、まだまだ先は長いのですが・・・。

 カウントが入り(ポール?エイブ?)、続いては若干テンポを落とした部分が始まります。恐らく曲は一旦ここで編集されていると思います。いかにもアメリカン・ロックといった趣のタイトなリズムですが、米国人ドラマー、エイブの本領発揮ですね。しばらく(1分半以上)インストが続きますが、ここでは右〜中央から聴こえるラスティーのエレキギターと、左から聴こえるゲイブ・ディクソンのエレピとの共演が聴き所です。ヘフナー・ベース(演奏はもちろんポール!)もよく動き回っており、そのフレーズをポールがスキャットでなぞるのがいいですね。そのスキャットに導かれるように再びヴォーカルが復活。ここでも前半と同じくサビの繰り返しなのですが、前半とは違い崩し歌いとなっているのが違いでしょう。さっきも言いましたが、一聴すると「同じメロディ?」状態です。このパートでは、先程のシャウト交じりとは違いかなり落ち着いた調子でおよそ丁寧に歌われています。まるで最後を迎えるために声を温存しているかのように・・・。エレキギターのリフは、ここではエレピとポールのベースで再現されています。タイトなアメリカン・ロック的演奏は続いており、節によってエイブがドラムパターンを何度か変えているのが印象的。さっきの「ひげダンス」の趣はありません(苦笑)。それと、ラスティーが随所でギターフレーズを挿入していますが、これがなんともかっこいいです。ポールの若々しいヴォーカルもそうですが、ラスティーの貢献ももっと語られるべきでしょう。ここでもサビを3度繰り返し、3度目にはポールのヴォーカルも再びアドリブ調になってゆきます。やがて、ポールのバッキング・ヴォーカル(後録り)がエコーのように重なり、さらにはやけにドカドカしたドラミングが入ってきて、一気に混沌とした世界と化します(これも意図的なのでしょうが・・・)。もはや拍子すら取れない状態で、ポールのアドリブヴォーカル(「アー」とか)が否応にもその後の展開を期待させるようにあおります。そしてその混沌ぶりが“Awakening(目覚め)”の一言で終了すると同時に、長い長いミドル部分は終了します。約6分も続いていたことになります。

 演奏の終了と共に、どこか聴きなじんだ演奏がフェードインしてきます。言わずもが、前半と同じアップテンポのパート(通称「ひげダンス」のパート!)で、真ん中の演奏をサンドイッチしていたことが分かります。初めはわざと音圧を低くしているのが今っぽい音処理で効果的ですね。ここは明らかに実際のジャムを編集していることが分かります。やがてくっきりした音像で復活した演奏は、前半以上にワイルドな仕上がりです。恐らく、ジャム・セッションの終盤辺りの演奏を取ってきたのでしょうが、30分近くやって演奏もすっかりこなれた感じです。ロック魂あふれるグルーヴ感は、この終盤の方が楽しめます(間抜け感は減りますが・・・)。そして、ここでこの曲最大の聴き所が登場。言わずもが、サー・ポールの一世一代の渾身のシャウトです!若手メンバーに負けじと披露するそのシャウトは、ジャムも終盤というのに一向に衰えを知らない振り絞るようなスタイルです。「ポールは過去の人」とお考えの方、「ポールはソフトだ」とお考えの方にはぜひこの箇所を聴いていただきたいです(このコラムの読者の方にそういう方は少ないかもしれませんが・・・)。聴いた瞬間に「ポールはまだまだ現役だ!」と心躍ることでしょう。ビートルズ時代、ウイングス時代含め、ポールのシャウトで屈指の迫力です。還暦間近になって、このシャウトとは・・・ポールには本当に恐れ入ります。この箇所は本当に長く聴いていたいのですが、残念ながらすぐにフェードアウトしてしまいます(汗)。クロスフェードで登場するエピローグは、不気味なアコーディオン(ドラマーのエイブが演奏!)のメロディで締めくくります。ようやく、10分にも及ぶロック・シンフォニーは幕を閉じるわけです。

 以上、この曲の構成と各パートの魅力を語りましたが、百聞は一見にしかずと言うように、ぜひ一度聴いてみることをお勧めします。10分もあるのに、単純な構成なのに、一度たりとも退屈させない展開は見事としか言いようがありません。そして、ワイルドな演奏とワイルドなシャウト。これを聴いてしまうと、他のロックナンバーが軽く感じられてしまうほどです。特にポールのシャウトは必聴です!

 この曲は、ジャム・セッションからできた曲で、先述のワイルドな演奏とワイルドなシャウトゆえにアルバムの中でもライヴ向きなのですが、2002年の全米&ワールド・ツアーでは演奏されませんでした。まぁ、コンサートツアーが長期間に及ぶことを考えると、ポールの喉に大きな負担となるのは目に見えていますから、なんとなくその理由は分かるのですが・・・。でも、この曲はぜひともライヴで聴きたい曲であります。たぶん、皆さんもそう思っていることでしょう。結局「ドライヴィング・レイン」からは『Lonely Road』『Driving Rain』『Your Loving Flame』と『Freedom』しかツアーで演奏されませんでしたが、プラスアルファでこの曲もやってほしかったですね(10分じゃなくていいから)。一部コンサートで披露していた『From A Lover To A Friend』なんかやらないで、さ・・・(苦笑)。

 そしてもう1つマニアックな話を。マニアの間では有名なリミックス集「ツイン・フリークス」(2005年)ヴァージョンです。『Coming Up』や『Temporary Secretary』の項で触れた通り、DJ.フリーランス・ヘルレイザーがポールの既発表曲を複数マッシュアップさせた強力なリミックスを収録していますが、その12曲でも一番近年の曲として、この曲が取り上げられました。リミックス・ヴァージョンは他の楽曲とのマッシュアップはなく、そのせいか一連のリミックスでも一番原曲に近いアレンジがされています。演奏時間は原曲の10分から圧倒的に短い3分ちょっとに短縮。ここでも2つのテンポから成る構成になっています。前半はあの「ひげダンス」パートをさらにアップテンポにしたもの。同じくめちゃくちゃ速くなった『What's That You're Doin'?』と同じく強烈です。恐らくジャム・セッションの音源から各楽器の音をリミックスしたと思われ、オリジナルでは聴けないピアノの音色なども入っています。また、エレキギターはかなりゆがんだ音に処理されています。ハードエッジさと斬新さはこっちの方がすごいかもしれません。そして後半は若干テンポを落として、新たに加えられた打ち込みドラムスをバックに混沌としたサウンドが広がります。なんといっても、変なノイズが四方八方から飛んでくるのが印象的です。ここらはいかにもリミックスぽいです。エンディングは意外とあっさりしていて、最後は信号音の持続音で終了します。マッシュアップのされ具合が最高に面白い「ツイン・フリークス」の中でも一番原曲に近いため、あまり意外性というか面白みはありませんが、さらにワイルドに生まれ変わっていると思います。アナログ盤かネット配信でしか入手できませんが、この曲を好きな方はぜひ。

 個人的には、「ドライヴィング・レイン」はあまり好きなアルバムではありません(汗)。似通ったアレンジの曲が16曲も続き、通しで聴くと退屈してしまうからです。また、ロックに力を入れすぎたせいか、バラードがさほどいい出来でないのが残念です(例・某2曲目)。そんな中で、この曲にはとても惹かれました。もう最初から最後までポールのシャウトに尽きますね!このコラムで既に触れた『Beware My Love』『Angry』と並んで、近年のポールを代表するロック・ヴォーカルだと思います。ポールの現役感を強く感じさせる1曲です。ぜひ、ジャム・セッションの全貌も聴いてみたい所なのですが、残念ながら音源はどこにも出回っていません・・・。そんなワイルドな曲なのに、先述の「ひげダンス」をほうふつさせるパートの存在も魅力ですね(苦笑)。実は正直申しますと、私自身しばらく聴いていて「ひげダンスぽい」と思っていたくちなのですが、同意見の方をよく見かける辺り、総意かもしれませんね(笑)。「ツイン・フリークス」リミックスでひげダンスをやったら、すごいことになるんだろうなぁ・・・。

 脱線してしまいましたが、先にも述べたように「ポールなんてビートルズでしょ?過去の人じゃん」と思っている方が万が一いらっしゃったら、ぜひこの曲を聴いてもらいたいです。ポールは今なお健在ということがよーく分かるはずです。その後もアルバムを出し続け、コンサートも定期的に続けていますし、ポールの引退はまだまだお預けになりそうですね。

 さて、次回で私のお気に入りの曲「第2層」は終了します。その最終の次回も、かなりマニアックです(苦笑)。

 その次回紹介する曲のヒントですが・・・「フランス語」。お楽しみに!!

 (2008.10.05 加筆修正)

アルバム「ドライヴィング・レイン」。ポールがロックで健在ぶりをアピール!「昔」と「今」が絶妙に混じり合った現在進行形のポールによる力作。

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