Jooju Boobu 第25回
(2005.6.02更新)
Talk More Talk(1986年)
今回の「Jooju Boobu」も、マニアックぶりに磨きがかかっています(笑)。今回は、このコラムでも何度も取り上げているソロ・アルバム「プレス・トゥ・プレイ」(1986年)から『Talk More Talk』を語ります。アルバムのこんな一収録曲までも既に紹介されている辺り、いかに私が「プレス・トゥ・プレイ」マニアかがお分かりかと思います(ボーナス・トラック含めこれで既に6曲!)。その「プレス・トゥ・プレイ」、このコラムでも何度も触れているように、ポールが打ち込みサウンド主体のエレクトリック・ポップに挑戦し、見事失敗したアルバムとして知られています。ポール自身にすら「駄作」と評されている1枚です。しかしながら、今徐々にではありますが再評価の目が向けられ始めています。むろんその中の1人が私であることは言うまでもないことですが(苦笑)。「プレス・トゥ・プレイ」期のポールを象徴的に示している作風が目に付くこの曲は、ことさら評価が悪い曲なのですが(汗)、今回はそんな機運の中この曲を擁護するつもりで語ってゆきたいと思います!(結果的に擁護になっていないかもしれませんが・・・)
もう「プレス・トゥ・プレイ」ができるまでの経緯や、その後のチャート・アクション、そしてその真の魅力に関しては散々語っているので割愛します(汗)。当時のチャート・アクションが示すとおり、ポール本人にとっては心機一転の巻き返しを図った硬派のコンピュータ・サウンドの意欲作だったのに、その異質のサウンドゆえに従来のファンを困惑させる結果となり、'80年代を不調の時期としていたポールをますますチャートで苦しませることとなったのでした・・・。
しかしそれから20年、「プレス・トゥ・プレイ」は徐々に見直され始めています。もちろん、こういう音作りが嫌いなファンがいまだ多いことは確かですし、「駄作」のレッテルが完全に過去のものとなったとはいえません(よりによって作者自らが評価を下げている)。しかし、『Only Love Remains』『Press』『Stranglehold』などといった「埋もれてしまった佳曲」を好む人は増えてきていますし、これから聴く方はさほど抵抗感を感じずに聴くことができると思います。
そんな中、この『Talk More Talk』は、しばしば「アルバムの失敗」の例として挙げられることが多く、いろいろと見聞しても評価は芳しくありません。逆に、この曲を賞賛する声はめったに聞かれません。そう、「失敗作」としか扱われていないのです(汗)。確かに、数多くのメロディを紡ぎ出した非凡のメロディ・メイカー、ポールのレベルで言えばこの曲なんかは最下位圏に入ってしまうかもしれません・・・。しかし評価は最低レベルでも、この曲にも「駄作」で切り捨ててしまうにはもったいない魅力があります。この曲を聴くと、ポールの並々ならぬ意欲が伝わってくるのです。何か変わったことをしよう、という意欲が・・・。
この曲は、いわゆるポップの部類に入る曲で、ポールのお得意とする分野です。どこか陽気さを感じさせるのも、楽観的な作風が似合うポールらしい所。そして、ポール作のメロディの大きな魅力である、覚えやすいシンプルなメロディラインで構成されています。こう見ると、素材自体は非常にポールらしく、ファンも納得の内容であることが分かります。ところが、当時のポールはそれで終わってしまうことはありませんでした。ポールの創作意欲がそうはさせなかったのです。これが良くも悪くもこの曲の特徴を決定付けることとなったのですが、単純明快なポップナンバーは一癖も二癖もある変てこな曲へと変貌してゆくこととなります・・・。新たなアイデアを持ち込んできて、実験精神をたっぷり込めたポールの得意げな顔が目に浮かんできそうです。恐らく、「プレス・トゥ・プレイ」では『Pretty Little Head』『However Absurd』に次いで実験的なのではないでしょうか。
まず、この曲はポールの楽曲では珍しく構成が単調です。基本的には節とサビを繰り返すのみですが、これはそれ以上にメロディが思い浮かばなかったのか、意図的にそういう構成にしたのかは不明です。この構成ゆえに、「冗長だ」という意見もあるほどです(汗)。さらにそれを助長しているのがベーシック・トラック。これまた単調なのです。ポールいわく1日でベーシック・トラックの作業が終了してしまったそうですが、その発言にも思わず納得してしまいます。その根幹を担うのがドラムスなのですが、ここは当時のポールらしく打ち込みを大いに活用しています。そのため、リズムはいたって機械的で一定に保たれています。また、他の楽器も全体的に感情の変化がなく、ただただ単調に進行してゆきます。もうちょっとメリハリをつけたアレンジができたら、評価も上がっていたのかもしれませんが・・・。どうやらこの辺が今でもとっつきにくいイメージを生み出している要因かもしれません。
さらに、ポールのいつもとは違う作風が目立ちます。この曲では、単調さに加えて大仰さも至る所で見られるのも特徴となっています。まず先述した曲構成なのですが、厳密には先述した節+サビに加えてそれを発展させたかのようなパートが何度か登場します。これらの挿入が、どこか曲をスムーズに進ませない一ひねりなのですが・・・ちょっと流れを断ち切っているような感も否めません(汗)。予測がつきにくい奇妙な構成は面白いとは思うのですが・・・。しかもその箇所が不自然に大仰になっていて、同じフレーズをリズムを崩しつつ何度も繰り返すなんてこともしています。さらに大仰なのが、イントロとして挿入された不気味なシンセと重厚なストリングス。なんか、いかにも何か始まりそうな緊張感があることはあるのですが、これもちょっとやりすぎなアレンジです。恐らく、多くの方がこのイントロで拒否反応を起こしたはず(苦笑)。これをカットするだけで、どれだけよくなるか・・・という私の願いは後述のアウトテイクでかなえられます・・・。出だしが大仰ならエンディングも大仰で、演奏とクロスフェードする形で打ち込みドラムのフィルインが入ります。普段のポールでは聴かれることのない異様な終わり方ですが、余計な蛇足の気がします。このように、私のようなマニアには「面白いなぁ」と思えるかもしれませんが(笑)、それ以外の方なら拒否反応を起こしそうな、変なアレンジが随所で炸裂しています。さすがの名アレンジャー・ポールも、この曲においてのアレンジはちょっとコケてしまったことは認めざるを得ません・・・。しかし、こういう所も、私にとっては魅力なんですよね(苦笑)。だって変てこで面白いから。
大仰さが見られるこの曲ですが、意外なことに楽器の数はさほど多くありません。ギター、ベース、ドラムスというシンプルな編成に、いろんな音のシンセが加わっている程度です。オーバーダブを何度も行った「プレス・トゥ・プレイ」セッションでも、実は比較的オーバーダブの少ない曲です。そこら辺はまだ好感が持てるきっかけになりそうですが、先述のように単調なアレンジなのでそのシンプルさをうまくアピールできていないのもまた事実です(汗)。逆に単調ゆえ「音がスカスカ」という意見も目にしますから・・・。演奏面では、これといって目に留まる演奏がないのがこの曲の単調さを表していますが(汗)、間奏の澄んだ音色のアルペジオと、その後登場するエレキギターのソロが唯一「バンドっぽさ」を出しています。個人的には前者がなんだか面白くて好きですね(ちなみにこれを長く聴けるのが後述するアウトテイクです)。逆に、その後のギターソロはちょっと・・・。
ここまででも、今までのポールの曲とは全く雰囲気を異にしていることがお分かりでしょう。しかし、さらにこの曲を実験的なことを示しているのがヴォーカル面です。『Pretty Little Head』では「これがポール?」的な変声処理をヴォーカルに施していたポールですが、この曲でもその変声処理が大活躍しています。・・・といっても、ここではメイン・ヴォーカルは普段のポールの声が聴けますのでご安心を。かなりラフな感じで歌っていますが、これも意図的なのかそうでないのか。シャウト気味なのが印象的。当時の相棒、エリック・スチュワートがハモリで参加しています。後半の繰り返しでのハーモニーと、そこにポールが入れるアドリブが聴いていて楽しいです。これは陽気な曲調にぴったりですね。変声処理しているのは一部のコーラスで、妙に低い声で歌われています(1回目のブレイクや第3節の“lower than that”など)。恐らくポールかエリックの声を処理したのでしょうが、この曲の変てこな側面を助長しているかのようです。
そして忘れていけないのは「おしゃべり」でしょう!タイトル『Talk More Talk』が示しているとおり、この曲にはいろんな会話の断片が効果的・実験的に使われています。会話が登場するのはイントロ・間奏・エンディングの3箇所で、そのいずれもが速度などを変えて変な声になっています。中にはただ低くなっているだけでなく、機械がしゃべっているかのようなデジタル的な声になっているものもあります。声の主は明らかになっていて、その正体は4人のレコーディング・スタッフたちと愛妻リンダ、そして息子ジェームズでした。この中では息子ジェームズの参加が注目される所ですが、実はジェームズが父ポールの曲に初めて登場したのは『Daytime Nighttime Suffering』での泣き声というのはここだけの話。イントロの“Dad,you didn't say OK”はジェームズでしょう、たぶん。“The window was open・・・”のくだりがリンダなのは明らかですね。音楽ソフトなんかでピッチを上げればより分かりやすいかもしれませんが・・・(ちなみに私は実践していません)。そしてこの会話はそれぞれに関連性はなく、何かからの引用や思いついた文章を並べ立てただけだと思われます(“I don't actually like sitting-down music”がトム・ウェイツの発言から引用していることはポールの口から明らかになっている)。その一部を見るだけでも、「ご主人はそのフレーズを強調できる」「君が必要なのは便利屋さん」「ブレザーとグレーのフランネルのズボン」などなど・・・。脈絡のなさが分かります。この「おしゃべり」は、この曲の変てこでユニークな魅力の象徴といえるでしょう!
この無意味な会話に歩調を合わせるかのごとく、歌詞もナンセンスな仕上がりです。その内実、ただ語感のいい単語を並べただけのような脈絡のなさが目に付きます。「biodegradable」「instrumentation」など難解な単語もたくさん登場していて、機械的な曲の雰囲気にマッチしています。意味のないおしゃべりの断片を、歌詞にまで持ってきたような、実に支離滅裂な内容です。実は、当時のポールは曲のアレンジだけでなく、歌詞の雰囲気までもがらりと変えてしまおうと狙っていたのではないか、と推測されます。実際、同じ「プレス・トゥ・プレイ」の『Stranglehold』や『However Absurd』の歌詞もナンセンスな語呂合わせですし、『Press』にも意味不明なくだりが出てきます。また、アルバム収録曲(アナログ盤10曲)中、純粋なラヴソングは『Only Love Remains』だけ。「ラヴソングばかり書いている」というイメージを、この時期払拭しようとしていたのでしょうか。
曲構成、音作り、ヴォーカルスタイル、そして歌詞・・・。既存のイメージをことごとく打ち破ることで、若い世代を中心に新たなファンを獲得しようと並々ならぬ創作意欲を抱いていたポールが想像できます。結果的に成功したとは言いがたく、中途半端にシンプルで中途半端に大仰なアレンジがコケてしまってはいるのですが(汗)、ポールの挑戦魂と大逆転への意欲に注目してみると、新たな発見がたくさんできる曲です。そして、実験的な作風の中に奇妙な魅力を発見できるかと思います。完成度に関してはいろいろ意見はありますし、好みは人それぞれですが、理屈抜きに聴くと非常に楽しめると思えます。元々はポールらしい陽気なポップナンバーですから。ちょっと大仰な所も、聴き込めば面白く感じられることでしょう!
さて、ここからはマニアックなお話を(苦笑)。まずは例によってアウトテイクから。ほぼ全曲分のアウトテイクが存在している「プレス・トゥ・プレイ」ですが、この曲は2ヴァージョンを楽しむことができます。「プレス〜」期のアウトテイクは、オーバーダブが施される前の状態で残されており、ある意味公式版より聴きやすいのが特徴ですが、この曲も例外ではありません。この曲特有の大仰さを薄めたこのアウトテイクは、下手すれば公式テイクよりも出来がよいと言っても過言ではないでしょう。この曲の本来の魅力、ポールらしい陽気なポップという点を再確認できるテイクです。「Pizza And Fairy Tales」「The Alternate Press To Play Album」などのブートで聴くことができますが、ブートによっては片方しか収録していないので注意です。
まず1つ目(ブートでは「#1」と表記)の音源ですが、これはのっけから歌で始まります。あの大仰なシンセのイントロを丸ごとカットしています。これだけでも全然印象が違います。公式テイクでは冒頭で既に拒否反応ですが、アウトテイクでは好感を持てることでしょう。実はそれ以外の箇所は基本的には同じ(ヴォーカルもほとんど同じ)なのですが、一部シンセが抜けていてよりシンプルに響きます。エンディングも、1回繰り返しを減らし、おしゃべりを割愛して終了しています。そして、個人的にお気に入りなのが間奏。おしゃべりの入る間奏はドラムスが小休止するアレンジになっていて少し流れが寸断されている感もありますが、このテイクではドラムソロに差し替えられていて、これがスムーズな流れを生んでいます。ギターのアルペジオもリズムがあるとより軽快に感じられます。さらに、公式テイクではエレキギターソロとなっている箇所も、このアルペジオが鳴り続けるのですがこれが個人的にはお気に入りのアレンジです。あのギターソロはあまり好きではないので(汗)、こっちの方がよいですね。公式テイクの間奏をこのアウトテイクの間奏に差し替えたら、どれだけ素晴らしいだろう・・・と思いますね。ちなみに、アウトテイクでは間奏のおしゃべりが一部割愛され、ミックスが違うどころか登場するタイミングが前倒しされています。
もう1つがブートでは「#2」と表記されているものですが、これは「#1」の音源を元に構成を編集し直したものです。乱雑な編集なのでどこがつなぎ目かはっきり分かります。恐らく、試行錯誤の末これも案として挙がったのでしょう。ブレイク部分を多く含み、起伏の激しい構成なので却下されたのかもしれません。よって、公式テイクとはかなり構成が異なります。イントロは今度は「#1」の間奏のドラムソロ&ギターアルペジオ(おしゃべりは抜いてある)で始まります。これもなかなかいけるイントロかもしれません。また、第3節が完全にカットされています。間奏のアレンジは「#1」と同じ(おしゃべりはタイミングは直っているが一部が欠落している)。エンディングは繰り返しをかなり減らして短くなっています。あとマニアックな話ですが、ヴォーカルは微妙に「#1」とは別ヴァージョンです。どこが違うかはぜひ聴いてご確認を!ここでも公式テイクのイントロはカットされていて、これは完全な後付けということが分かります。個人的には、この「#2」が一番好きかもしれません。
そして、公式発表された音源では、リミックス・ヴァージョンが存在します。「プレス・トゥ・プレイ」期の曲は、シングルに収録される際にほとんどがリミックスされていますが、この曲のリミックスは12インチシングル「Only Love Remains」のB面に収録されました。通常、リミックスは他人に依頼して制作しているポールですが、この曲のリミックスはポール自ら制作しています(厳密にはジョン・ヤコブスとの共同作業)。このリミックスでも曲構成を変更していますが、アウトテイクとは違う編集でややこしいです。このリミックスは、なんといっても出だしが命でしょう!アルバムヴァージョンの100倍も面白いです。不気味なシンセに導かれて始まるのは同じですが、おしゃべりが一部割愛されたと思いきや、急になんだかいんちきくさいパートに入ります。そこに入ってくるヴォーカル「モモー、モモモー、モモー」が呪文みたいで面白すぎます(笑)。恐らく「Talk more talk」を編集したものと思われますが・・・。歌が入ってからの本編でもビートを別のものに差し替えたりコーラスをカットしたりと、いろいろな工夫を施しています。間奏のギターソロも別のものに差し替えられ長くなっています。そして、こちらも長くなったエンディングでは、おしゃべりをめちゃくちゃに切り貼りしているのが面白いです(ことにリンダのおしゃべりから取った「spaceship」と「behind it」が妙なアクセントになっています)。このように、当時のリミックスらしくますます大仰なアレンジを施していますが、そのせいか「オリジナルよりさらに悪くなった」という意見もあります(汗)。しかし、非常に能天気でバカげた、この曲らしい楽しいリミックスに仕上がっていると思います。私のような「PTP」マニアなら楽しめるはず(苦笑)。なお、このリミックスも、他の「プレス〜」期のリミックスの例に漏れず未CD化です・・・。
蛇足で個人的な感想を。最初この曲を聴いた時は、多くのリスナーがそうであったように、あまりにもの異質さに戸惑ってしまいました。しかし、「プレス・トゥ・プレイ」にはまってゆき、聴き込んでいくうちに好きになっていきました。ポールのナンセンスぶりが炸裂していて、能天気で面白い曲だと思います。それでいて、ちゃんとポールらしいポップの領域に入っているのもさすがです。アレンジは他の「プレス〜」収録曲と同じく、よいアレンジもあればあまり好きでないアレンジもあり、一概によい悪いは言えませんが、全体的に見るとアウトテイクのアレンジが一番好きかもしれません。リミックスの「モモー」も捨てがたいですが(苦笑)。そしてこの曲といえば変てこなおしゃべりですが、個人的には間奏の最後に登場する“Music is ideas.(音楽はアイデアだ)”がつぼにはまっています。これには理由があって、私のお気に入りのマンガ「あずまんが大王」のキャラクター「ちよ父」のアニメ版の声(CV:若本規夫)に非常に似ているなぁと思っているからで、曲を聴く時は毎度この「ちよ父」が頭を掠めてしまって仕方ありません。このキャラ自体、非常に奇妙で異様なのですが、その辺りも曲にぴったりかも?「あずまんが」ファンの方には一度この曲を聴くことをお勧めします(苦笑)。たった数秒のことですけど・・・。
さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「世界経済」。お楽しみに!!
(2008.9.28 加筆修正)
(左から)12インチシングル「Only Love Remains」。この曲のリミックス・ヴァージョンは12インチのみの収録。
アルバム「プレス・トゥ・プレイ」。ポールの意欲が伝わってくる、硬派なコンピュータ・サウンド満載のアルバム。今こそお勧め!!