Jooju Boobu 第24回

(2005.5.29更新)

Girlfriend(1978年)

 今回の「Jooju Boobu」は、1978年のウイングスのアルバム「ロンドン・タウン」に収録された『Girlfriend』について語ります。この曲は、もちろん私の大好きな曲であり、「バック・トゥ・ジ・エッグ」や「プレス・トゥ・プレイ」といったアルバムを聴くまでは上位10曲に余裕で入っていたと思われるほどです。この曲が収録されたアルバム「ロンドン・タウン」は、長期にわたるレコーディングの中でバンドメンバーの脱退やデニー・レインとの共作など様々な出来事が要因で、複雑なカラーを潜めた作品になりましたが、この曲も他のアルバム収録曲とは違うきっかけで生まれています。どのような経緯でできたのでしょうか?そして、この曲の魅力とは?この曲を語る上で重要なキーワードとは・・・?

 アルバム「ロンドン・タウン」が、制作に長い時間をかけて作られ、様々な場所でレコーディングされたことは、以前『With A Little Luck』や『I've Had Enough』の時に語りました。大きく分けると、前半にあたるヴァージン諸島のヨットで行われた通称「洋上セッション」と、後半にあたるロンドンのスタジオでのセッションの2つになり、その間に『Mull Of Kintyre』セッションがあるのですが、その前後でジミー・マッカロクとジョー・イングリッシュがウイングスを脱退するという事件も起きています。結果的には、レコーディングの地はもちろん、バンドの構成も曲によってまちまちという現象が、このアルバムでは見られます。特にフルバンド5人で録音した曲と、2人の脱退後に残る3人(ポール、リンダ、デニー)で録音した曲とでは、曲の仕上がり方に大きな差が出ています。さらにはポールが1人で録音した曲まで存在し、「ロンドン・タウン」は1枚のアルバムの中で複雑なカラーを見せています。

 この曲はというと、ジミーとジョーが脱退した後に録音されています。先述のセッション別に分けると、後半戦のロンドンでのセッションに該当する時期です。しかし、この後半戦だけでもそれぞれにカラーがあり複雑です。それはまさに、メンバーを同時に2人も失ったポールの混迷を表したかのようです。たとえばラフなまま発表されてしまった『Name And Address』『Backwards Traveller』、ポールの1人宅録『Cuff Link』、メンバーの脱退でますます結束を固くしたポールとデニーの共作『Children Children』『Deliver Your Children』などなど。ではこの曲は・・・?といえば、実はこのいずれにも属しません。つまりこの曲は、また別の独自色を持っているのです。

 フルバンド5人での演奏でもなく、ラフなまま発表されてしまったわけでもなく、デニーとの共作でもない。いずれのカラーにも当てはまらないこの曲の、独自色とは一体何でしょう?それはこのキーワードで語れることでしょう。そう、ファンの方ならピンとくると思いますが、「マイケル・ジャクソン」です。そして、そもそもこの曲は、実は「ロンドン・タウン」セッションのために書かれた曲ではなかったのです・・・!

 実はこの曲が書かれたのは1974年頃のことで、どうやらスイスに休暇で赴いていた時に書いたそうです。どうりで歌い方やコーラスがどこかチロル地方というか高山っぽいと思ったら(苦笑)。それはともかく、それを裏付けるものがあります。例によってマニアックなブートです(苦笑)。もうこのコラムでは何度か取り上げているピアノ弾き語りデモテープ「The Piano Tape」です。これが制作されたのが1974年秋のことですから、この時点で既に存在していたことが確認できます。このピアノ・デモでは、まだまだ曲も未完成の状態で、第1節しか出来上がっていません。曲調も公式テイクとは程遠いスローなピアノバラード風になっています(途中でポールが弾き語りに失敗しやり直す場面も・・・)。ちなみに、この時続いてメドレー形式で演奏されたのが、ポールの処女作『I Lost My Little Girl』でした。

 さらに、この曲を書いたきっかけは、恐らくアルバム制作のためではないのでは、と推測されます。デモテープの制作時期はちょうどアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」セッションの前ですが、ポールは「ヴィーナス〜」には収録する気はなかったものと思われます。そこで出てくるのが先ほどのキーワード。マイケル・ジャクソンです。皆さん誰もがご存知の一大スターがなぜ唐突に出てくるか?と不審に思われる方もいるかもしれません。実は、この曲はポールがマイケル・ジャクソンを意識して書いた曲であり、(推測ですが)マイケルに提供するために書かれた曲なのです。当時から提供する気があったかは不明ですが、少なくともマイケルを意識したことは確か。この時点で、この曲が「ロンドン・タウン」セッションのために、その時期の作風で書かれたものではないということがよーく分かります。なぜなら、「1974年にマイケルを意識して書いた」曲だからです。

 ポールとマイケルの関係はファンの間ではよく知られています。有名なのが'80年代前半に実現した夢のコラボレーションでしょう。1980年のクリスマス頃(とされている)マイケルからの電話にポールが快諾する形で、ポールとマイケルの共作・共演が実現。1981年に共作・共演した『Say Say Say』『The Man』の2曲が、1983年のポールのアルバム「パイプス・オブ・ピース」に収録されました。『Say Say Say』はシングル発売され大ヒット。また、ポールがお返しに参加したマイケルの『The Girl Is Mine』(1982年)も同じく大ヒットし、当時アルバム「スリラー」で世界中にその名を轟かせていたマイケルを後押しする結果に。ところがその後、ポールの勧めで版権ビジネスに手を出したマイケルが、こともあろうかビートルズの楽曲の版権を大量に買取ってしまい、ポールとマイケルの仲が一気に悪化したのも有名な話(ちなみに現在も版権はマイケルの手中にある)。一時は仲直りしたそうですが、今はどうなのでしょうか。プロモヴィデオ集「The McCartney Years」でのコメントの限りでは、ポールもさほど悪い風には取っていないようですが・・・。ご存知の通りマイケルは年が経つごとに奇人ぶりが目立つようになり、ついに逮捕されるまでに至っていますし・・・(結局無罪となりましたが)。このように不思議な因縁を持つことになってしまったポールとマイケルですが、その出会いのきっかけは元をたどると、実はこの曲です。

 ポールは、ピアノ・デモを制作した翌1975年に、ロサンゼルスに停泊中のクイーン・メアリー号を貸し切り「ヴィーナス・アンド・マース」の発売記念パーティを開催していますが(3月24日)、その際にマイケルが招待されています。これがポールとマイケルの初対面でした。そして逸話によると、この時にポールがこの曲をマイケルに歌って聞かせたそうです。もしこれが本当なら、初対面で挨拶がわりに披露したという意味で記念碑的な曲というわけです。そして、ポールもこの曲をマイケルに贈るつもりだったことが裏付けられます。結局、この曲は当時発表されることなく、ポールが「ロンドン・タウン」セッションで取り上げる形で1978年に発表されますが、実はその後マイケルもこの曲を発表しています。発表順序的には、カヴァーしたというのが正解でしょうか。「ロンドン・タウン」の1年後、1979年に発表されたマイケルのアルバム「オフ・ザ・ウォール」でのことでした。先の逸話を前提にすると、マイケルもよく4年前に歌って聞かされたことを覚えているなぁと感心します。実際にはプロデューサーのクインシー・ジョーンズの強い勧めがあったからだそうですが・・・。ちなみに、(これまた逸話ですが)クインシー・ジョーンズは、ポールがこの曲をマイケルを意識して書いたことを知らなかったそうな。クインシーの目のつけ方の的確さをうかがわせます。「オフ・ザ・ウォール」は全米3位・全英5位のロングセラーとなるヒット作となりましたが、この曲もポール作だけあってことさら注目を浴びたことでしょう。また、マイケルのカヴァー・ヴァージョンはアルバムからの第5弾シングルとして英国のみシングルカットされたそうですが、チャートでは最高41位と不調に終わりました・・・。

 そのマイケルの「オフ・ザ・ウォール」ヴァージョンは、ポール(つまりウイングス)が発表したものとはかなり異なります。ポール・ヴァージョンに関してはこの後語りますが、ポールの方がバラード色が強いのに対し、マイケルはソウル・ポップにアレンジし直してすっかり自分のものにしています。跳ねたリズムが耳に残ります。歌い方はもうマイケルそのものと言ってよく、こちらも跳ねた感じの歌い方がポールとは一線を画しています。また、つなぎの「ドゥドゥドゥ・・・」のコーラスは再現しているものの、中間部のミドルエイト(“Till the river〜”の箇所)をまるまるカットしてしまっています。そのミドルエイトの代わりには短いサックスソロが入っており、これも原曲にはないアレンジです。演奏時間も原曲より1分半も短く、さらっと流す小曲のような趣のマイケル・ヴァージョンです。

この曲をきっかけに、不思議な人間関係を織り成すこととなったポールとマイケル・・・。

 マイケルの話はここまでにして(苦笑)、ポールが自分で録音した原曲について触れておきましょう。マイケルのヴァージョンはソウルぽく仕上がっていますが、ポールのそれはデモテープの延長線上にあたるバラードのアレンジです。これはジャクソン・ファイヴの作風を意識したのでしょうか。デモの時ほどスローではありませんが、全体的にゆったりとした雰囲気が流れています。その点、「ロンドン・タウン」セッションのために作られたわけではないのにアルバムのまったりとした空気にぴったりとはまっているのが面白いです。レコーディングには、冒頭で述べたとおりポール、リンダ、デニーの3人のみが参加。穏やかでこじんまりとした雰囲気になっているのはそのせいでしょうか。この曲に関しては、しっかり作りこまれたようで『Name And Address』のようなラフさが出ることなく完成しているのは素晴らしいです。

 その原動力となっているのがポール本人です。この曲でポールは、デニーのギターを除くすべての楽器を演奏しています。ベースはもちろん、ギターにキーボードにドラムスに大活躍です。かつて「バンド・オン・ザ・ラン」セッションでメンバーに逃げられた際も驚異のマルチ・プレイヤーぶりを発揮したポールですが、この時期もそれに負けないほど頑張っています。ポールの多重録音(特にドラムス)はいささか貧弱に聴こえることもあるのですが、この曲ではさほど違和感を感じさせません。曲の機軸となっているのはギターとエレピですが、特にアコースティックとエレクトリックを使い分けたギターに注目でしょう。このギターを含め、全体的にソフトな音作りになっていて、スイートなポップバラードにはうってつけです。管弦楽の演奏も入っており、エンディングには流麗なストリングスも入りますが、あくまでも最低限にとどめているのがいいですね。あまり意識しないのですが、管楽器も影ながら登場しています。マイケルのようにサックスは登場しませんが・・・。

 曲構成は、第1節→第2節→ミドルエイト→間奏→第3節→エンディングというもので、マイケル・ヴァージョンはミドルエイトが省かれているのは先述の通り。間奏も、マイケルのサックスソロに対し原曲はギターソロとなっています。そのギターソロが、この曲で唯一ハードな側面が楽しめる瞬間です。ポールかデニーの演奏ですが(恐らくポールでしょう)、イントロからのソフトな空気をぶち壊すかのような登場ですが、実は曲を通して聴くとさほど違和感がなく、むしろいいアクセントになっていると言えます。ギターソロの前後のつながりに強引さを感じさせないからかもしれません。一方のエンディングは、マイケルの方がすぐフェードアウトするのに対しポールの方は「ドゥドゥドゥ・・・」を繰り返しながらフェードアウトせずしっかり終わります。ポールの方はちょっとエンディングが長く感じるかもしれません。

 演奏以上に特筆すべきがポールのヴォーカルでしょう。この曲では、ポールはほぼ全編でファルセット・ヴォーカルで歌っています。これはマイケルの歌い方を意識しているのは明らかですが、実際にマイケルがカヴァーしたものと聴き比べると全然違うのが面白いです。恐らくポールの念頭にはジャクソン・ファイヴの頃の歌い方があったのでしょうけど・・・。マイケルというより、何かのお遊びで出したような素っ頓狂な声になっているのはご愛嬌というかなんというか(苦笑)。特にコーラスの「イェー」とか「ドゥドゥドゥ・・・」辺りがそうで、常のポールとは違う声に思わず笑ってしまいます。[さっき言ったように、どこかチロル地方を思わせるのは気のせいでしょうか?]むしろ、ミドルエイトの“Till the flower〜”のコーラスの方がマイケルぽい声になっているのは皮肉的というか何というか。ポールがファルセットというのは聴き慣れないですが、実は結構散見されます。『So Bad』や『Dress Me Up As A Robber』、マニアックな曲だと『Don't Break The Promises』など・・・。そんな中、この曲は明らかにマイケルを意識してのファルセットでしょう。結果的にマイケルに似ているかは別として(笑)。リンダとデニーもこのファルセットに参加していると思われますが、よく聞き分けができません。ただ、エンディングでの“Sea of snow”の繰り返しはウイングスだなぁとすぐに分かるものです。

 そしてヴォーカル面でも、間奏のギターソロのようないいアクセントがあります。それはミドルエイトで、この部分のみポールの地声で歌われているのです。のっけから素っ頓狂なファルセットだなぁと思って聴いていると、はっとさせられること間違いなし。すぐに間奏からファルセットに戻ってしまいますが・・・。『Dress Me Up As A Robber』もそんなアレンジですが、普段と違う歌い方が続くと、地声の魅力に改めて気づかされますね。ギターソロもそうですが、曲が単調にならないようメリハリを効かせるアレンジは、気が利いています。ポールのアレンジ力の賜物です。ちなみに、エンディングでもポールの地声はちらっと復活しています。

 歌詞は、好きな女の子を彼女のボーイフレンドから奪って、自分のガールフレンドにしてしまおう、という内容です。・・・ときて、どこか聞き覚えのある歌詞と思いきや、なんとポールとマイケルが共演した『The Girl Is Mine』にそっくりなのです。マイケルがこの曲を意識して『The Girl Is Mine』を書いたかは不明ですが、その原形とも取れそうです。『The Girl Is Mine』はご存知のように、ポールとマイケルが女の子を取り合うという他愛のない内容(2人の会話付き!)で男同士の会話になっていますが、この曲では主人公が女の子に「僕のガールフレンドだって君のボーイフレンドに伝えようよ」と投げかけるもので、微妙に視点が違っています。ちなみに、ミドルエイトはなぜか自然描写を交えた比喩になっており、歌詞でも一応メリハリをつけている・・・という所でしょうか(ではないと思う)。

 この曲は、前述の通りマイケルがカヴァーして注目されましたが、それ以外は特筆すべきこともなくここまで来てしまった感です(汗)。マイケルのようにシングル発売されたわけでもなく、当時ツアーに出なかったこともありコンサートでも取り上げることもなく、マイケル人気とは関係なく単なるアルバムの1曲に収まってしまっています。もしかしたら、ポール・ファンの方でもこの曲をマイケルがカヴァーした事実を知らない方も多いかもしれません。そんなこの曲、2001年に発売されたポールのベスト盤「ウイングスパン」に突如収録されました。「ウイングスパン」のDISC-2「HISTORY」サイドは、ポールが「ウイングスの歴史上重要な曲」を選曲していますが、果たしてこの曲がウイングスにとって重要かといえば答えに詰まる所があります(苦笑)。ここは単純に、ポールがお気に入りだからでしょう。なお、同ベスト盤にはマイケルとの共演曲『Say Say Say』がなぜか収録されていませんが、実際にマイケルが歌う大ヒットナンバー『Say Say Say』を入れずに、ポールがマイケル風に(素っ頓狂に)歌うマニアックなこの曲を入れているのは、偶然にしろ皮肉的です。蛇足ですが、アルバム「ロンドン・タウン」からはこの曲の代わりに『London Town』か『Don't Let It Bring You Down』を収録した方が趣旨に合っていたのでは?と思うのは私だけでしょうか。

 私は、アルバム「ロンドン・タウン」自体大好きでお気に入りなのですが、この曲単品でもお気に入りです。アルバムでは次曲の『I've Had Enough』『With A Little Luck』と並んで特に好きです(『London Town』や『I'm Carrying』も最高なのですが)。バンドサウンドながら、ゆったりまったりした空気が流れているのが和みますね。そこにあの素っ頓狂なファルセット・ボイスですから。ちなみに私は、つなぎで歌われる「ドゥドゥドゥドゥ・・・」の部分を聴くと、シングル「Say Say Say」のジャケットよろしくポールとマイケルがお手手つないで仲良くくるくる踊っているのが頭に浮かんできます(苦笑)。もちろん場所はアルプスの高原でというのも言うまでもないでしょう・・・!あと、歌詞も好きですね。『The Girl Is Mine』の方が語りのある分強烈なのですが、こっちもいいですね。個人的には“Tell him what he needs to know/Or he may never let you go(彼が知っておくべきことを伝えるんだ/そうしないと彼は君を離しはしないから)”のくだりがお気に入りです。それと、忘れていけないのがマイケルのカヴァー・ヴァージョンですが、私はマイケルのアルバムは持っておりません(苦笑)。この曲や『The Girl Is Mine』も別ルートで仕入れてきたわけなのですが・・・。うまくマイケル風に料理されていると思います。

 ところで、ごらんのように毎回紹介する曲にイメージイラストをつけているのですが、いかがでしょうか?中には抽象的で絵で表現しにくい曲もあり苦労しています・・・(汗)。いつのことになるかは不明ですが、結果的には全曲のイラストが揃うことを目指しています。1週間に2枚描かないといけないので大変ですけど、頑張ります!

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「Music is ideas.」。これも超マニアックですので、お楽しみに!!

 (2008.9.27 加筆修正)

アルバム「ロンドン・タウン」。全体的に落ち着いた雰囲気と英国の香りが漂う影の名盤。お勧めです!私の大好きなアルバム。

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