Jooju Boobu 第146回
(2006.11.14更新)
Dear Boy(1971年)
おひさしぶりです。しばらくの間、お休みを頂いておりましたが、ようやく復活です。お休みの間は、当サイトの他コンテンツの拡充・修正をする・・・予定でしたが、結局何もできずじまいでした(汗)。とりあえず「Jooju Boobu」はいつもの週2回更新に戻ります(もしかしたら戻らないかも・・・)ので、ごひいきにしてくださる皆様、よろしくお願いします。最近はサイト更新自体ままならぬ状態なので、またいつお休みを頂くか分かりませんが、なるべく定期的に更新しますので・・・それでなんとかご勘弁ください。
さて、復帰第1弾の今回は、こちらもひさしぶりです。多くのファンの間で親しまれ、「ポール随一の名盤」とも名高いソロアルバム「ラム」(1971年)からです!このコラムでは『Too Many People』『The Back Seat Of My Car』以来の登場です。ということは私がそれほど興味を持っていないことの裏づけになっていますが・・・(汗)。別に嫌いなわけじゃないですよ、素晴らしいアルバムとも思っていますし。でもいまいち聴く機会がないアルバムです・・・。私にとってはそんな「ラム」ですが、今回紹介するのはアナログ盤のA面にひっそりとおさめられた『Dear Boy』です。この曲も「名曲」との呼び声が聴こえる曲ですが、「隠れた名曲」があるとすればこういう曲を言うのかもしれません。あっという間に終わってしまう曲ですが、そこにはポールらしい魅力があります。そして、「ラム」を語る上で欠かせない要素が炸裂している曲でもあります。そんなこの曲を語ります。
アルバム「ラム」については、当時の酷評とは反対に現在では高い評価を受けているアルバムです。このアルバムが一番好きというファンも多いことでしょう。ビートルズ解散後、1人で・・・いや、新妻のリンダさんと共に2人で、新たな音楽活動を始めた、その礎となった作品で、厳密には「ポール&リンダ・マッカートニー」名義です。酷評されたのは言うまでもなく当時のポールがビートルズを解散させた「悪者」扱いされていたからであり、音楽そのものは当時のファンも良質と認めていました。ビートルズ時代の曲の空気(特に「ホワイト・アルバム」に近い雰囲気)・完成度をそのままに、当時田舎の農場に引きこもっていたポールらしく、のびのび・ほのぼのとしたアコースティック・サウンドが特徴的です(NYでの録音なんですけどね)。ファンが大切にする名曲が多く、ポール自身もベスト盤「ウイングスパン」では多くの楽曲を収録しています。確かインタビューで「ラム」をやっていた頃が一番充実していた、と語っていたと思います。
そんなアルバムの収録曲である『Dear Boy』は、アルバムの中ではバラード系に入ります。そして、他の多くの収録曲とは違い、アコースティックギターが中心の楽曲ではありません。「ラム」の魅力の1つは『3 Legs』『Ram On』『Heart Of The Country』といったアコギ1本で演奏しました、といった感じののんびりした空気の曲なのですが、この曲ではアコギの代わりにピアノがメインとなっています。ピアノがメインの曲は、この時期に録音された曲ではこの曲しかありません。ですので他の曲とはちょっと毛並みが違うわけなのです。
とはいえ、誰しもが「ラム」に感じるビートルズ時代の曲の空気は非常によく伝わってきます。まず、たった2分で終わってしまう演奏時間。洋楽の演奏時間が時代と共に4分から5分へとどんどん長くなる中で、「ラム」のポールは比較的短い曲が大勢を占めています。'60年代を謳歌したビートルズナンバーの多くは2〜3分で終わってしまう曲がほとんど。現代の洋楽・J-POPに慣れ親しんでいる我々にとってはちょっと物足りない長さですが、だからこそ聴きやすく、たっぷり魅力が詰まっているのです。ウイングス結成以後のポールの楽曲は演奏時間の長いものが増えてゆき、特に次作「ウイングス・ワイルド・ライフ」では無駄に演奏が長く冗長な曲や、ポールが陥りやすい繰り返しがくどい楽曲があり、お世辞にも聴きやすいとは言えません。それとは反対に「ラム」はそうした聴きやすさを踏襲したアルバムなのです。『Dear Boy』も、「ホワイト・アルバム」に入っていてもおかしくないような、『I Will』や『Blackbird』のようにこじんまりとした小曲です。
そして『Dear Boy』の持つ大きな特徴は、「ホワイト・アルバム」や他の「ラム」収録曲のように「さらっと聞き流せる」ようなタイプの楽曲ではないことです。たった2分しかないのに、非常に味の濃い作品なのです。その理由は、『The Back Seat Of My Car』でも聴くことのできる複雑なメロディラインです。あの曲もかなり複雑で、おまけにリズムやテンポがしょっちゅう変わる、ポールにしては難解な曲ですが、この曲も一筋縄ではいきません。複雑なコード展開は、全体的には哀愁や沈鬱を表現しながらも、めまぐるしく曲のカラーを変えてゆきます。その重々しさは短い中でもとても強い印象を残します。
メロディの欝な雰囲気に合わせるかのように、演奏の方も重々しい趣を見せています。先ほどピアノ中心と話しましたが、アコギでなくピアノが使用されていることで重々しさを強調しているかのようです。ピアノの演奏はもちろんポール本人。ビートルズ時代にもピアノメインの名曲を多く残していますが、この曲でもこなれた手つきで演奏しています。静かに始まり、節が終わる頃には荒々しさすら見せる表情の変化はお手の物です。ぜひヘッドホンで右ステレオに注目しながら聴いてみてください。低音を中心としていて、エンディングの「ジャーン」がいかにも暗い終わり方です。ベースもポールによるものですが(もちろんですが)、これも重々しさを出しています。エレキギターは「ラム」セッションに参加したかのデヴィッド・スピノザ。節の終わりのピアノとのユニゾンはちょっとした聴き所です(私もこの部分が好き)。ドラムスは初代ウイングスドラマーのデニー・シーウェル。これまた複雑なタムさばきで曲をさらっと聞かせません。ポールが「タムさばきが上手だ」とウイングスに誘った理由がよく分かる演奏です。面白いことに、曲を聴くと非常に分厚く聴こえるサウンドですが、実はピアノ、ベース、ギター、ドラムス、パーカッションしか入っていません。実はいたってシンプルな楽器編成なのです。それなのにここまで重々しい鬱な雰囲気を出しているのはポールのアレンジ力でしょう。そして、「ラム」では異色のピアノの存在が大きいでしょう。
そしてもう1つ、この曲の聴き所といったらコーラスワークを挙げねばなりません。しかも、これまた複雑なつくりとなっています。ポールとリンダさんの2人だけで何度も多重録音をしたものですが、そのすべてを覚えようとするとなかなか大変です(汗)。特に後半は右から左から、いろんなパターンが登場します。リンダさんが本格的にコーラスに参加したのは「ラム」が最初ですが、ポールとの声の相性はご存知の通り抜群。ここでもポールとのハーモニーの美しさを示すだけでなく、女性だからこそ出せる悲しげで、それでもやさしい雰囲気を出しています。複雑な多重コーラスは恐らくはビーチ・ボーイズあたりを参考にしたのでしょうが、曲のコード進行と並んでこの曲をすんなり聞き流させない、耳に突っかかるものがあります。ポールのヴォーカルはなぜか右ステレオに偏っているのですが(そこがビートルズっぽい)、ちょっとエフェクトをかけているようで、霧の中歌っているような雰囲気・・・がします。複雑で美しいコーラスと溶け合って、不思議な感じです。
さて、「ラム」といえば欠かせないのがジョン・レノンとの「冷戦」です。ビートルズ時代の唯一無比の相棒とのいわば「兄弟げんか」のようなこの戦争は、面白いことにただの舌戦に終わらず自分たちのアルバムつまり楽曲の詞作にまでその影を反映させたのです。いかにこの2人の仲が険悪だったかが分かりますし、同時にただのののしりあいではなく音楽という「芸術」において言い争う彼らの知性の高さを思わせます。
もちろんこの冷戦のきっかけは他ならぬポールの「ビートルズ脱退宣言」にジョンが精神治療を行わねばならぬほどのショックを受けたことなのですが、楽曲で喧嘩をふっかけてきたのはジョンの方から。『God』(アルバム「ジョンの魂」収録)で「ビートルズなんて信じない」と歌ったのは分かりやすい例でしょう。これにポールが、「ラム」で猛反撃を加えたわけです。ポールの場合はジョンよりも冷静な視点から反論をしている、そんな感じでしたが・・・。なにしろアナログ盤のA面で『Uncle Albert/Admiral Halsey』以外はみんなジョンへの攻撃と取れる詞作なのだからポールの怒りが伝わってきます。「やたらと説教したがる奴らがいる」(『Too Many People』)、「僕の犬は3本足(=3人のビートルズ)、だから走れない」(『3 Legs』)、「お前の心なんて誰かにくれちまえ」(『Ram On』)などなど・・・。ジョンのように相手を名指しこそしませんが、かなり攻撃的です。ジョンがアルバム「イマジン」にて『How Do You Sleep?』という強烈なポール非難ソングを作り、「ラム」のジャケット写真をパロディした、その気持ちが分かります。
そして『Dear Boy』も例外ではなく、ジョンに向けたと見ておかしくない攻撃的な詞作が光ります。一見歌詞を読んでみると、タイトルの「Dear boy(あなた)」というくだりからポールにしては珍しく女性から男性へのラヴソングのように取れます。しかし、実際にはポールがジョン(dear boy)に向けて歌った・・・?と考えることができます。歌詞は、ジョンはもちろんのこと、ジョンをポールから「奪った」オノ・ヨーコに対しての攻撃にもなっています。冒頭の「あなたは知らなかったのね、彼女はただ素敵に見えるだけの女だってこと」と歌われているのがヨーコさんのこと。ポールはジョンがなぜアバンギャルドで奇妙な東洋人女性に惹かれていったのか理解できなかったのでしょう。そして、何の魅力も感じない女に親友を奪われたことに怒りを覚えていたのでしょう。現在まで心の底で根強く続くポールの「ヨーコ不振」の要因が、このくだりに隠されているかのようです。そして、そんな女と一緒になったポールは「深く沈んでいた時、あの人の愛がやってきて私を立ち直らせた」と歌っています。「あの人」こそリンダさんのこと。君には裏切られたけど、僕にはリンダという新たなパートナーがいるから大丈夫さ・・・というポールの声が聴こえてきそうです。そして、そんな素晴らしい愛を持ってきたリンダさんと、「ただの素敵に見えるだけの女」のヨーコさんとを比べて、ジョンの目は節穴だ!とでも言っているかのようです。
そうした「ジョンへの失望」「ヨーコへの怒り」「リンダさんへの愛」を背景に、「あなた 知らなかったのね」と問いかけてゆくですが、冒頭の「何を見つけたのか、あなたは分からないでしょう」というくだりはジョンの『I Found Out(悟り)』を意識したものと考えられています。ジョンが「俺は悟ったぞ!」と歌ったことに皮肉交じりで返しているのです。「分からなかったでしょう、愛がそこにあったことを」というくだりは、「愛」=「ビートルズ、ないしはポール」と考えれば分かりやすいでしょう。そして最後に「きっと知らないでしょうね、あなたが失ったものの大きさを」と歌っていますが、これはビートルズでなくヨーコを選択したジョンにその「過ち」の大きさを警告しているようです。ジョンにとっては、ヨーコを選んで当然だったのでしょうけど、ポールにとってはそれが信じられなかったのでしょう。このように、ジョンとヨーコを攻撃した歌詞ですが、全体的には「ジョンへの失望」が大きな要素となっています。ポールが相棒と信じて疑わなかったジョンの変容・・・そのことへの失望が、この曲を作るきっかけになっていると思います。そう考えれば曲調も、荒々しいピアノの演奏も、失望を思わせるものです。
しかし、この曲の詞作は実はジョン向けでなかったと、近年ポールは語っています。なんと、リンダさんの前夫に向けたメッセージだったとのこと。リンダさんの前夫は確か学者か何かだったと思いますが、リンダさんが亡くなって数年後くらいに拳銃自殺をした・・・と記憶しています。もしこれが本当だとしたらこれまで考えられてきた通説が大きく覆され、ポールの「ラム」における対ジョン攻撃が薄くなるのですが、私はこの曲はやはりジョンへの攻撃だと思います。恐らくポールがジョンとの関係は良好だったことにするために相手を摩り替えたんだと思います。なぜって、もしリンダさんの前夫が「dear boy」なら、「素敵に見えるだけの人」が誰なのか分からなくなりますし、他の部分もあいまいになってしまうからです。また、ポールがここまでの失望をこめるのは相手がジョンだからこそ、と私は思います。
・・・というわけで、この曲を語るネタがなくなりました(汗)。この曲といえば詞作に目が行きがちですが、曲自体も非常に美しいので、ぜひ聴いていただきたいと思います。あまり目立ちませんが、「ラム」の他の曲にもひけを取らないと思います。複雑な展開も、ポールではあまり見られないので注目です。個人的には、先述したピアノとギターのユニゾンの部分が好きで、この曲が好きなのもそれがあってこそです。今回聴いて、それ以外の面でも前よりも好きになったしだいです。それにしても、この曲と『Dear Friend』(「ウイングス・ワイルド・ライフ」収録)って、タイトルが似ていますね。しかもどちらもジョンへのメッセージ・ソングでピアノメイン。紛らわしいですね。
さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「引きこもりポール」。お楽しみに!
アルバム「ラム」。ビートルズをほうふつとさせる、ほのぼの・のんびりソングがいっぱい!ジョンへの攻撃的な詞作も印象的。誰もが認める名盤!