Jooju Boobu 第144回

(2006.10.17更新)

Somebody Who Cares(1982年)

 今回もだいぶ遅れての更新です。そんな今回も、有名ではないけどアルバムで光り輝く佳曲の紹介です。ウイングス解散後'80年代をソロで駆け抜けたポールにとって大ヒット作となった名盤「タッグ・オブ・ウォー」の3曲目といえば・・・そう、『Somebody Who Cares』です。大人の風格を帯びた落ち着いた作風が味わい深い「タッグ・オブ・ウォー」ですが、この曲はその中でも特に味わい深い曲といえるでしょう。『Here Today』『Wanderlust』『Tug Of War』といった同じアルバムの同じ系統の曲に比べれば地味な存在ですが、だからこそこじんまりしたポールらしさが散りばめられている曲です。そんな穏やかなバラードについて、今回は語ってゆきます。

 アルバム「タッグ・オブ・ウォー」が、ジョージ・マーティンのプロデュースの元、多くの有名ミュージシャンを招いて制作され、その話題性もあって大ヒットし、'80年代ポールの名盤として高く評価されていることは皆さんご存知の事実でしょう。ジョン・レノンが暗殺されてから、そしてウイングスが解散してから初のポールのソロアルバムであったこともヒットの要因でしょう。もちろんあれだけ著名なミュージシャンが集まったことは素晴らしいことでしたし、それぞれが参加した各曲において十分その個性を発揮しています。しかし、「タッグ・オブ・ウォー」がこれだけ長く名盤として聴き継がれているのは、言わずもが収録曲の質の高さです。メロディはもちろん、マーティン先生との久々のコラボレーションによる効果的で美しいアレンジはポール本人が「ビートリー」と形容すること。いわゆる「捨て曲」に値する曲(そこまで言わなくとも、インパクトのない曲)が1曲もないことは、アルバムをよく聴くファンの皆さんならよくお分かりのことでしょう。シングル発売された曲も、そうでない曲も、知られる曲も知られない曲も、このアルバムではすべてが輝いています。そしてそれを誰も否定できない強力な完成度がアルバムを包んでいるのです。

 そうした「タッグ・オブ・ウォー」収録曲には、'80年代に突入したポールがこの時期に体験した様々な事件を経て大人の風格を帯びたかのように、落ち着いた感じの作風が目に付きます。ウイングスとして活動した'70年代のような溌剌さは一部を除きここでは影を潜めているのです。この味わいもまた、アルバムの評価を高くしています。表題曲『Tug Of War』のストリングスを交えた穏やかな語り口、『Wanderlust』のようなダイナミックなバラード、そしてジョンの死を悼んだ『Here Today』・・・どれもが穏やかな雰囲気を漂わせています。マーティン先生のプロデュースということも大きかったでしょう。彼のクラシカルな面がいい感じにポールの音楽的な大人への成長とマッチしています。

 そんなポールの「大人の味わい」を、今回紹介する『Somebody Who Cares』では余すことなく味わうことができます。アルバムでは『Tug Of War』〜『Take It Away』というシングルヒットのメドレーの後の3曲目という目立たない位置にあり、地味な印象を持ちますが忘れてはいけない曲です。何しろこの曲では、'80年代以降ポールがたどることになる「大人の味わい」から「枯れた味わい」への変化の起点ともいえるサウンドが展開しているからです。

 '70年代はキャッチーで元気いっぱいなロックやポップを立て続けにヒット街道に送り出したポール、「タッグ・オブ・ウォー」では一転して落ち着いた作風に変化しました。先述のように、ポールが音楽的に大人に成長したことから得られた「大人の味わい」です。そして年を重ねるごとにポールはますます大人の味わいを極めてゆき、それはだんだんより穏やかでよりコクの深い「枯れた味わい」に進化します。『Footprints』(1986年)、『Once Upon A Long Ago』(1987年)、『Distractions』(1989年)といった曲はそうした進化の過程で生まれたバラードです。この進化は'90年代によりシンプルなアコギ弾き語りへと向かい実を結びます。アルバム「フレイミング・パイ」がその終着点といえるでしょう。もちろんこの長い過程の中でポールは新しい音楽作りを模索し最新鋭の音楽にも取り組んでいますが、バラード系(特にアコギ使用曲)ではこうした「大人の味わい」→「枯れた味わい」→「アコギ弾き語り」という流れが見られます。この出発点が、まさに『Somebody Who Cares』なのです。この曲を聴けば、その先に『Footprints』や『Distractions』が見えてくるはずです。

 まずメロディ自体がマイナー調で、これだけでも穏やかさに加えて陰りを感じさせます。この「陰り」が「枯れた味わい」のエッセンスの1つとなります。思わず寂しさが伴うような雰囲気は、曲の地味なカラーを決定しています。しかし、そんなこの曲でもサビではメジャーに転じているのがポイント。冒頭が地味な分、このサビのメロディが明るく生きてきます。また、後述する詞作との兼ね合いも大変よろしい。この発想は、『Footprints』のサビのダイナミックな展開に生かされています。サビのメロディが印象的になるのです。曲構成は、ウイングスの時のようなメリハリの効いた進行ではなく、ただ淡々と進んでゆきます。激しいフィルインなどがないのが特徴的です。

 楽器のセレクトも上手で、「大人の味」「枯れた味」を引き出す立役者となっています。ポールやマーティン先生のアレンジの妙を感じます。特に印象に残るのがポール自らが弾くスパニッシュ・ギター。この時期のポールがスパニッシュ・ギターにはまっていたことは周知の事実で、ウイングス後期の'78年頃から盛んに、しかも適材適所に使っています。『Deliver Your Children』(1978年)『Goodnight Tonight』(1979年)はその好例でしょう。前述2曲では主に異国情緒を出すために使用されていますが、これが'80年代に入ると「枯れた味わい」を出すための強力な武器となります。普通のアコギよりも、その響きに大人の雰囲気が漂うというのは、皆さん納得していただけると思います。『Footprints』でも、これを使用して見事に雪降る冬の夜をさまよう孤独な老人の情景を雰囲気たっぷりに描き出しています。

 むろん、'80年代以降のポールのスパニッシュ・ギターが異国情緒を出していないわけでもなく、この曲ではメロディがフォーク調の側面を持つこともありトラッド的な雰囲気も出しています。'78年のウイングスのアルバム「ロンドン・タウン」や、元ウイングスのデニー・レインの作風にも通じるものがあります。(ちなみに、同じく「タッグ・オブ・ウォー」の『The Pound Is Sinking』にもこうしたトラッド的テイストが垣間見れます。)間奏前の弦をいじるような音がなんともいえません。さらに、セッション・ミュージシャンが演奏しているパン・パイプの音がそのトラッド趣向に拍車をかけています。一瞬フルートのようにも聴こえますが、古風な味がこれまたなんとも大人の味わいです。スパニッシュ・ギターにパン・パイプ、本当に見事な組み合わせ。ポールもいいセンスしていますね。

 他の演奏は、ベースがスタンリー・クラーク、ドラムスがスティーヴ・ガッドという組み合わせです。どちらも彼らの本業よりも控えめな演奏となっています。この2人は一連の「タッグ・オブ・ウォー」セッションにおいて重要なリズム隊となっています。サビにおけるシェーカーのアレンジも控えめなパーカッションとして効果的です。もう1人、演奏で参加しているのがデニー・レイン。デニーはウイングス解散後もこのセッションの一部楽曲で参加しています。ギターとシンセでの参加ですが、先述の通り彼の作風や「ロンドン・タウン」の作風に似たものがあるので、デニーにはもっとこの曲で活躍して持ち味を存分に出してほしかった気もします。パン・パイプをデニーが吹くというのもありだったかもしれません。『Don't Let It Bring You Down』(1978年)ではリコーダーとクラジョレット(アイルランドの縦笛)でトラッド風味を演出してくれたのですから・・・。

 コーラスでは、リンダさんとエリック・スチュワートが参加しています。'80年代中期までのポールの定番となったコーラス隊です。エリックはこのセッションからの参加でしたが、既にリンダさんと意気投合したハーモニーを聞かせています。後半の「トゥー、トゥトゥ」と歌う部分がこの曲のなんともいえない寂しさを増幅させています。ポールのヴォーカルとのハーモニーもばっちり。しかし、デニーが演奏者にいながらコーラスに不参加というのも個人的には悲しいです・・・。まぁウイングスはこの時点で崩壊していましたし、ポールはウイングスに縛られないソロ活動をしたかったのでしょうからしょうがないのでしょうが・・・。デニーの枯れたヴォーカルでコーラスを聴きたかったと思います。デニーの声はこの曲のような曲が似合うのですから。

 「枯れた味わい」といえば、ポールのヴォーカルもそうです。ウイングスでのポールは感情を込めてシャウトしたり歌い上げたりすることが多々ありましたが、この曲のヴォーカルを聴くとそれとは正反対であることが分かります。ポールはこの曲ではあくまでも淡々と、途中でイメージをがらっと変えることなく歌ってゆきます。これもポールが大人に成長した結果なのでしょう。また、ハーモニーがほとんどなくポールのシングル・ヴォーカルで成り立っているのもこの曲のヴォーカルの淡々さを物語っています。力むことなく、さらさらと歌っています。この歌い方がまた心地よいのです。この淡々さは『Footprints』でより顕著に表れます。

 歌詞は、人生における不調、うまく行かない時やいらいらしてしまう時を歌いながら、サビで「いつも見守ってくれる人がいる」と励ますメッセージソングです(先述したサビでのメジャー化は、歌詞が励ましの部分に移ると同時に希望感あふれるようなイメージに変えるという効果的なものがあったのです)。'80年代以降のポールの特徴として、こうした人生観や社会的メッセージを歌った詞作が挙げられますが、ことに「タッグ・オブ・ウォー」には人生観を歌った曲が数多く見受けられます(『Dress Me Up As A Robber』『Get It』他)。勇ましく励ますのではなく、「君の気持ち、よく分かるよ」と理解を示しながらなぐさめてゆく辺りにポールのやさしさを感じます。『Don't Let It Bring You Down』も、そんな感じでしたね。決して君は1人じゃない、いつも見守ってくれる人がいる、と歌いかけるこの曲に励まされた人もいるかもしれません。悩みや欝な気分を1人で抱えこんでしまう人が多い現在、こうした人にこの曲のように励ますというのもいいかもしれません。'80年代ポールの人生観を歌った詞作には、何か教えられるものがあります。

 この曲は残念ながら名盤「タッグ・オブ・ウォー」の中では見逃されやすい曲で、それほど注目も浴びていません。しかし、この曲を聴けばポールが'80年代に入ってどんな作風に向かっていたのかがよく分かります。'80年代以降のポールのバラードの作風の行方を大きく暗示しています。後年の『Footprints』や『Distractions』と聞き比べて、ポールの作風の変化を感じてみてください。私もこの2曲には劣りますが、この曲も枯れた味わい、大人の味わいがたっぷりで好きですよ。デニーの活躍が限定されているのが返す返すも残念ですが・・・。ウイングスがまだ続いていて、この曲を取り上げれていても、今聴けるこの曲に負けないものができていたのでしょうねぇ。まぁ悔いても仕方がないことなので。「タッグ・オブ・ウォー」愛聴者の方もそうでない方も、今一度この曲を聴き直してその味を堪能してみてくださいね。

 さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「ピアノ」。ついにあの曲が登場・・・!!お楽しみに!

アルバム「タッグ・オブ・ウォー」。ジョージ・マーティンのプロデュースの元、大人でビートリーなサウンドが満載の紛れもない名盤!有名曲以外も聴いてくださいね。

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