Jooju Boobu 第142回
(2006.9.26更新)
Little Woman Love(1972年)
今回はもう「オフ・ザ・グラウンド」の曲ではありません。そして、「オフ・ザ・グラウンド」からずーっと時代をさかのぼってしまいます。それも、まだ初期ウイングスの頃に。1972年まで戻ります。そう、今回は、1972年5月に発売されたシングル「Mary Had A Little Lamb」のB面に収録された、『Little Woman Love』を取り上げようかと思います。シングルB面のみで、アルバム未収録曲だけあって世間一般では全く知られない曲ですが、ポールをよく聴くファンの間では隠れた人気を持つ1曲です。曲自体もあまり特徴がないのですが、シングルB面に潜んでいそうなシンプルな小品こそポールらしさがたっぷり、ということを改めて思わせてくれるような、ポールらしさあふれる曲です。あんまり語ることもないと思いますが、今回は『Little Woman Love』の魅力を語ります。
この曲が発表された頃のポールは、ウイングスを結成したばかり。そして、ビートルズ解散後ずっと続いていた評論家集団からの言われなきバッシングに苦しんでいました。1971年末に発表されたウイングスのデビューアルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」は、たった3日で仕上げたというラフなつくりが批評の格好の材料になっていましたし、1972年初頭に急遽録音・発売したシングル曲『アイルランドに平和を』は、政治的な内容がこれまた批判の対象になっていました。そして、この曲の収録されたシングルのA面『Mary Had A Little Lamb(メアリーの子羊)』は、前シングルから一転してのほのぼのした童謡ぶりに今度は「一貫性がない」という批評が待ち構えていました。とにかく、どう出ても常に批評の憂き目にあう、そんな状況だったのです。
しかし、果たしてポールやウイングスが評論家の言うように出来の悪い音楽を世に出していたかといえば、そんなことはないのは周知の通り。近年の再評価がよく示してくれます。急ごしらえでラフな音作りとなってしまった「ウイングス・ワイルド・ライフ」は、音質や演奏技術に不十分な所はあるものの曲自体は珠玉の作品ぞろいですし、『アイルランドに平和を』『メアリーの子羊』もいかにもポールらしい曲でファンに愛される楽曲です。いかに不当な扱いをされてきたかは、それぞれの曲を聴けばよく分かることでしょう。そして、1972年に入ってヘンリー・マッカロクも迎えて5人編成となったウイングスは、大学巡業を皮切りにコンサートを重ね、順調にバンドとしての一体感ある演奏技術を高めていっていたのです。この曲は、そうした成長一途のウイングスを垣間見れる1曲です。
そして、この曲ではポールらしいポップ・センスが光っています。ポールの楽曲を隅々まで聴いている方なら理解していただけると思いますが、ポールらしさというのはシングルで大ヒットした曲よりも、アルバムの片隅でこじんまりとたたずんでいたり、シングルのB面に潜んでいる、主に2〜3分の小曲にむしろ多く感じられるものです。この曲と同じラインアップの初期ウイングスを例に挙げれば、『One More Kiss』『Single Pigeon』(アルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」収録)や、『Country Dreamer』(シングル「愛しのヘレン」B面)などがそれに該当します。この曲のA面で、あまり注目されなかった『メアリーの子羊』も含んでいいかもしれません。この『Little Woman Love』もまた、初期ビートルズナンバーに匹敵する2分ちょっとという演奏時間なのですが、その短い中にポールらしいポップさ・軽快さが存分に感じられるのです。ポールにしてみればちょっとした気分で書いてみただけなのでしょうけど、そうしたいわば「捨て曲」にもポップ・センスたっぷりなのは、ポールが「ポップの人」だからこそでしょう。
曲は『メアリーの子羊』と同じくポップナンバーですが、A面がゆったりほのぼのとしているのに対し、こちらはテンポを上げて軽快さを出しています。素敵な彼女のことを歌った歌詞に合わせてか、有頂天な気分を表現したような、うきうきしたリズムです。アレンジも終始明るく、単純な構成であっという間に聴かせてゆきます。『メアリーの子羊』が第4節まであってかなり長いような感じがするのに比べて(歌詞が物語風なので仕方ないのですけどね)、かなり潔いです。こうしたA・B面の緩急の差が、シングルを両面聴いた時にリスナーにとっては絶妙なのかもしれません。
演奏は、「ウイングス・ワイルド・ライフ」の頃に比べると十分改善されています。これが次シングル『Hi Hi Hi』のまとまったバンドサウンドにつながってゆくわけですが、『メアリーの子羊』やこの曲でも既にこの後のウイングスを予期させるような、まとまりある演奏です。大学ツアーや英国ツアーでのコンサートの積み重ねの賜物でしょうか。リード・ギタリストのヘンリーの加入もバンドとしての演奏の引き締めに一役買ったかもしれません。この曲でもそれぞれ息の合った演奏で速いテンポにのせてぐいぐい引っ張ってゆきます。ただし、キーボード習いたてのリンダさんはこの曲ではどうも演奏していないらしく、それは致し方ないところでしょう。
曲の中枢を担うのは、ポール自らが弾くピアノです。『メアリーの子羊』もピアノを基調としているため、このシングルは「ピアノ・ポップのシングル」といったイメージが強くなっています。こういうちょっとしたポールのピアノ・ポップにはポールらしい佳曲が多いです。この曲では軽快なリズムに合わせるかのように飛び跳ねるようなタッチのテクニカルな演奏を聞かせます。さすが、ピアノで作曲することが多くピアノの演奏に精通したポールですね。ギターはデニー・レインとヘンリーの2人ですが、スチールギターのような音が目立っています。間奏のソロは音が控えめながらもふと耳に残ります。ドラムスはデニー・シーウェルですが、フィルインも交えた軽快なリズムを繰り出しています。隠し味でボンゴも入っていて、陽気な雰囲気がします。そして低音が意識されたようなベースですが、これにはポールのみならずゲストとして呼ばれたミルト・ヒントンが参加しているそうです。けっこう有名な人物のようですが、ウイングスの曲にメンバー以外で初めて参加した外部アーティスト(『Dear Friend』のオーケストラは除く)ではないでしょうか。
そして忘れちゃイヤなのが、ウイングスならではのコーラスワーク。『メアリーの子羊』でも子供たちを交えた楽しげなコーラスを聞かせていますが、地味そうなこの曲でもコーラスが華を添えています。もちろんここではリンダさん大活躍!コーラス隊の中でもいちばん目立っているのではないでしょうか。デニー(・レイン)の声と混じればいつもの絶妙なハーモニーになります。ウイングスの大きな魅力である美しいコーラスを、既にこの曲で聴くことができます。途中の“Oh yeah,oh yeah”がいかにも楽しげです。この時期までの初期ウイングスに見られるリラックスした様子が感じられます。ちなみに、日本盤のライナーノーツには、ヘンリーとシーウェルも歌っていると書いてありますが、これは本当なのでしょうか?確かに大勢で歌っている感じもしますが・・・。ポールのヴォーカルは、後によく聴かれるハーフ・スポークンのスタイルに近いまくし立てるような歌い方で、けっこう風変わりな声になっています。間奏部では変な叫び声を上げたり、終始楽しそうです。この風変わりな声質が、コーラスのリンダ&デニーの声質に絶妙に合っているのです。
さて、この曲に関して特筆すべきことがひとつ。この曲が影で愛され続けている理由のひとつかもしれません。実はこの曲、ライヴで演奏された時期がシングルB面曲にしてはやけに長いのです。その長さは『メアリーの子羊』も上回ってしまうほどです。それほどポールが気に入っていた曲、ということでしょう。シングル発売からしばらくは演奏されていませんが、その後1973年〜1975年の間、『C Moon』とのメドレーで演奏されているのです。『C Moon』といえば、ご存知ベスト盤に入れてしまうほどポールがお気に入りのレゲエナンバーで、これまたシングルB面(厳密には両A面シングルの2曲目)のちょっとした曲。ちょっとした曲同士をメドレーにしました、という感じなのでしょうか。1973年のツアー後ヘンリーとシーウェルは脱退し、オリジナルの演奏メンバーは2人いなくなるのですが、その後もこのメドレーは演奏されました。全米ツアーに向けて1975年のヨーロッパツアーより一部曲目の見直しを図った際にセットリストから消えてしまうのですが、一時期は定番の1曲だったということになります。ポールお気に入りの『C Moon』と、けっこう長い間演奏されていたとは、ポールはきっとこの曲を気に入っていたのかもしれません。
さらには、ヘンリーやシーウェルが在籍時に制作されたTV番組「ジェームズ・ポール・マッカートニー」(1973年)や、ジミー・マッカロクとジェフ・ブリトンを新規メンバーに加えた時期のセッションの模様を収録した「ワン・ハンド・クラッピング」(1974年)でも同じメドレー形式で演奏されています。「ジェームズ・ポール・マッカートニー」も「ワン・ハンド・クラッピング」も、ファン(主にマニア)の間では有名な映像作品であり、ブートでは入門編のようなものなので、シングルB面でしかないこの曲もわりと親しみやすい位置にあるわけです。ファンの間で隠れた人気を誇っているのには、この影響が大きいでしょう。ちなみに私はまだこのメドレーを聴いたことがないのですが・・・(汗)。
というわけで、それほど多くを語らずに結末に来てしまいました。でも、ポールらしさはいっぱいです。今回改めて聴いてみましたが、短い中にもポールのポップ・センスが多く感じられたこと、そしてウイングスが既にバンドらしい一体感ある演奏をしていることに改めて驚きました。この水準で当時はぼろくそ言われたのですから、ポールのやりきれなさはよく分かります。下手したら『My Love』よりポールらしいかもしれないのに・・・。シンプルで薄味ですが、嫌いになれない、ポールらしい楽観的な曲ですね。
さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「SF的な迫力」。これも人気のウイングスナンバー。お楽しみに!
アルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」。現在はこのアルバムにボーナス・トラックとして収録されています。アルバム本編と比べて、初期ウイングスの成長が感じられます。