Jooju Boobu 第141回
(2006.9.21更新)
Peace In The Neighbourhood(1993年)
前回に引き続き、今回も1993年のアルバム「オフ・ザ・グラウンド」からとなります。個人的には「煮え切らない」アルバムとしてずっと嫌いだったアルバムですが、ちょっとは見直した今でも、一時期好きだったのに関心が薄れてゆくというパターンの曲がかなりあります(汗)。同時期のシングルのカップリングに収録された曲ではそんなことは起きないので、不思議な現象です。どうしてこうアルバム収録曲の方は飽きやすいんでしょうね。
今回紹介する曲も、そんな中のひとつで、何度かマイ・ブームがあったのですがこうして執筆している今でも「あれ、この曲そんな好きだっけ・・・」になっている、あやふやな曲です(汗)。その曲とは『Peace In The Neighbourhood』。アルバム後半の最初にあたる曲です。別段悪い所が見当たるような曲ではないのですが、「ごく普通」レベルにしかとどまっていない、イマイチ印象に欠ける曲なのですが(汗)、それでも折角今回紹介するのですから皆さんにその魅力をできる限り伝えながら語ろうかと思います。書いている本人の関心が薄れているのでどうなるか分かりませんが・・・(汗)。
アルバムについての解説は前回の『I Owe It All To You』を参照してください(手抜き)。一緒に世界を駆け巡ったツアーバンドのメンバーとの、ライヴ感を大切にしたアルバムとなりました。ポールが久々に持ったバンドを楽しんでいるような、そんなムードが伝わってくるアルバムで、一発録りを試みたり、シンプルなバンドサウンド、とりわけアンプラグド形式の演奏を目指しました。結局のところ、アルバム収録曲の選曲がたたったせいか(苦笑)、それともライヴ感の出し方が中途半端だったのか、アルバムはその後「名盤」と呼ばれるような人気の一枚にはなりませんでしたが、ポール的にはバンドとしての記念碑となったのでした。
さて、この曲も「オフ・ザ・グラウンド」でポールが前面に出したライヴ感の重視が垣間見れる1曲です。というのも、この曲のベーシック・トラックはリハーサルの音源から取られているのです。普段のポールのスタジオワークなら、何度もリハーサルを重ねて完璧な演奏にしてから本番に至るのが完璧主義のポールらしい所ですが、ここではそれよりもバンドとしての一体感が感じられる演奏を発表する、という姿勢を見せています。『Biker Like An Icon』がたった1テイクで終了してしまったのが端的に示しています。新曲を初めてメンバーに披露する際も、細かいアレンジは伝えずに各メンバーの想像に任せていて、その想像が一挙に公開された瞬間をそのまま詰め込んで発表するという手法でした。各人が十分な調整をしないでの演奏はラフな部分が残りがちですが、ポールはここではあえてそれを発表したのです。
よって『Peace In The Neighbourhood』は、後録りされた数本のエレキギターを除いては、すべてがリハーサルでの同時録りの音源です。ポールいわく「あのテイクはすごくよいフィーリングを持っていて、手を加える必要はなかった」とのことですが、各人にとってまだ曲が新鮮なままで、大雑把ながらもライヴ感あふれる演奏をしている時のリハーサル・テイクに、このバンドらしいキラリと光るものを見つけたのでしょう。ずっと一緒にコンサートをしてきたバンドだけに、完璧で正確なスタジオ録音よりも勢いのあるライヴ感が似合うとポールには感じられたのでしょう。この曲も、『I Owe It All To You』と同じく後半はずっとインストが続き、悪く言えばだらだらとしたエンディングになっていますが、しっかり決まっているよりも試行錯誤している時の方がバンドらしい、とも考えられます。
曲自体は、R&Bナンバーです。ポールいわく「本物のR&B」らしい。確かに、ピアノを基調としてポールのソウルフルなヴォーカルが炸裂しています。そういえば、こうした作風はウイングス・ソロでのポールには見られないものでした。逆にビートルズ時代(「ラバー・ソウル」時期のポール)にありそうな感じでもあります。こうした作風を避けてきたのも、そしてこの時期復活したのも、ポールがビートルズを見直したことと関係あるのかもしれません。R&Bなのに、どこかのどかな感じが漂っているのは、リハーサルの和気あいあいとした雰囲気から来たのでしょうか、それともアンプラグド嗜好が影響したのでしょうか。もし練習を重ねた上でのレコーディングだったら、よりタイトで力強いR&Bナンバーになっていたのかもしれませんね。
演奏はもちろん、おなじみのツアーバンド6人によるもの。先述の通り、数本のエレキギター(と、パーカッション)を除いてはすべて一発録りです。なぜか一部メンバーが各自のいつもの担当楽器と違う楽器を演奏しているのが面白いです。ポールはエレキ・ギターを演奏していて、代わりにヘイミッシュ・スチュワートがベースを担当。いつもなら簡単なキーボードを披露するリンダさんはパーカッションのみでの参加。R&Bテイストたっぷりのピアノは、リンダさんには弾けないのでもちろんポール・ウィックス・ウィッケンズの演奏です。キーボードはこのピアノしか入っていなく、オーバーダブなしのライヴ感を出しています。ポールとロビー・マッキントッシュによるギターは後録りされたものもあるのでかなり多く聴こえます。リラックスしたムードを象徴するかのように抑え気味に演奏されているのが特徴的です。ブレア・カニンガムのドラムスは、ポール自らが「いい音を出している」と賞賛している、地味ながらも曲を支える演奏です。まだリハーサル段階の演奏ということで、若干ぎこちなくて弱い印象もありますが、バンドが一緒になって演奏している息遣いはよく伝わってきます。
ポールのヴォーカル、およびそれを支えるコーラス隊もリハーサル時の一発録りです。特にポールのヴォーカルはまだ荒彫りの段階で、お世辞にもベストな状態とは言いがたいところがあります。静かな歌い出しから、徐々にR&Bらしい歌い回しになってゆくアレンジはさすがですが、まだシャウト風の力んだ歌い方が中途半端なのです。もうちょっと歌い続けていたら、もっといい感じになっていたかも・・・と思いますが、ポールにはそんなことどうでもいいのです。演奏にあわせて、同時録音で歌ったこのヴォーカルに、ポール的R&Bのフィーリングが詰まっている、と考えたのですから。確かに、ラフながらも表情豊かな歌いっぷりです。後半にはファルセットもちょっとだけ登場します。コーラス隊はメンバーが一緒になって歌っていますが、こちらはきちんと整頓されていて、R&B的フィーリングも兼ね揃えています。「トゥルル、トゥールールー」が覚えやすいですね。
さらに、ライヴ感を出すために中間のつなぎには話し声を入れています。なにやら楽しそうな会話のような、ただ適当にしゃべっているだけのような声ですが、これはメンバーの声でしょうか。演奏をしながら会話もしてしまう余裕が伝わってくる、リラックスしたムードを出しています。また、曲が終わった後にも話し声が入っています。これも実際のリハーサルでの1こまなのでしょう。誰かがギターを爪弾いているのが、エコーをかけた状態で聞こえています。こうした心がけは、『Style Style』のエンディングでも見られます。悪く言えばこれが曲のラフさを出しているのですが、ポールにはそんなことは全く問題外なのです。
さて、歌詞も少し注目すべきところがあります。タイトルの通り「近所の平和」を歌ったものですが、冒頭で歌われる「妻を愛する1人の男」は平和な街に住んでいます。まさに曲のリラックスしたムードそのものです。しかし、「そこで僕は目覚めた」と歌われるように、その街は実は夢の中で見た街なのです。誰もが助け合う平和な街は、この曲では理想だけど存在しない世界として描かれているのです。つまり、現実には近隣同士が助け合わない、冷たい街が多いことを、歌っているのです。そして、もっとみんなが助け合える平和な街にしよう、と訴えているのです。「オフ・ザ・グラウンド」では社会的メッセージをこめた詞作をたくさん書いたポールですが、様々な社会問題が顕在化してギクシャクしがちな人と人とのつながりを、『C'mon People』のように地球規模の壮大なスケールから『Peace In The Neighbourhood』のような1つの街まで、多彩な角度から歌ったのです。「ポールには社会的なメッセージソングは似合わない」と言われるように、ちょっときつい内容の詞作もありますが、この曲のようなさりげないメッセージを持つ詞作を見逃してはいけません。
以上見てきたように、アルバムのレコーディングではバンドで演奏しているというライヴ感を大切にしたポールは、アルバム発売後のワールド・ツアーでもその精神を大切にしました。そして、新作からたくさんの曲をセットリストに入れて演奏したのです。まさにライヴにぴったりだったからです。アルバムではリハーサルのリラックスした雰囲気が流れていたこの曲も、ライヴでは力強いアレンジのR&Bとなりました。ポールのシャウトも、オリジナルより格段にシャウトしたかっこいいものになっています。アルバムではリハーサルが一番バンドらしいと考えたポール、実際にコンサートでやってみて、演奏し慣れたこの曲がよりバンドらしさを増したかっこいいR&Bに成長したのを聴いて、これが一番!と思ったことでしょう。まさに、このライヴが完成テイクだったのかもしれません。
この曲、執筆中に聴いてみてちょっとはまた「いい曲だな」と思えましたが、やっぱりちょっともう1押し足りない気がします(汗)。どうも「オフ・ザ・グラウンド」のアルバム本編にはそういう曲が多いようで・・・。皆さんはどうでしょうか?ですので、今回もうまく紹介できたかよく分かりません。イラストもかなり手抜きですし(時間ない時に描いたので・・・)。
さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「軽やかなピアノ・ナンバー」。お楽しみに!!
(左)アルバム「オフ・ザ・グラウンド」。生のフィーリングを大切にしたバンド・サウンドを聴くことができる一枚です。
(右)ライヴ盤「ポール・イズ・ライヴ」。「オフ・ザ・グラウンド」後のワールド・ツアーの模様を収録。タイトに生まれ変わったこの曲を聴くことができます。