Jooju Boobu 第140回
(2006.9.16更新)
I Owe It All To You(1993年)
また更新が停滞していました(汗)。週2回更新を心がけているのですが、ついつい後回しになってしまいます・・・。まぁ、当サイト全体がそんな状態ですから、勘弁してください(汗)。
さて、このアルバムのファンの皆様、お待たせしました。今回の「Jooju Boobu」はひさしぶりに、アルバム「オフ・ザ・グラウンド」(1993年)から取り上げたいと思います!私が「もっとも好きでないポールのアルバム」とずっと評してきたアルバムで、このコラムでも『Off The Ground』しか紹介されていませんでした(汗)。どうも煮え切らない感じがあるのと、シングルのカップリングのみで発表された曲の質がとても高いものだったので、好きになれなかったのです。しかし、最近になって徐々にその考えも変わりつつあります。「結構いいじゃん」と思える曲が何曲か出てきたのです。(まぁ、まだ全然好きになれない曲も複数あるんですけどね・・・)
その中でも、今回は特に私がいい曲と思えるようになった『I Owe It All To You』を語ります。1989〜1990年のワールド・ツアーを一緒に駆け抜けたツアーバンドとのライヴ・レコーディングだった「オフ・ザ・グラウンド」の曲の中でも比較的丁寧に作られたバラードナンバーですが、ウイングス後のポールが得意としてきた「枯れた味わい」をうまく表現している曲です。それでいて、決してポール個人の世界に収まらず、バンドっぽさも出しているのです。アルバムの中では地味な方ですが、あのアルバムの中では個人的に上位に入るこの曲を語ります。
この曲は、歌詞の方が先に完成しています。というのも、ポールはある出来事にインスパイアされて歌詞を書き上げているからです。それはポールが愛妻リンダさんとフランスへ休暇で旅行に行ったとき。ちょうどその休暇中にリンダさんの誕生日が来て、お祝いも兼ねてだったのでしょう、「イメージの大聖堂」という建物を2人で訪れます。ポールが果たしてこの大聖堂がどんな所か知って行ったのかは分かりませんが、そこではたくさんのプロジェクターが建物の内壁に様々なイメージを映し出していました。その光景に感銘を受けたポールは、家に帰ると早速その情景を歌に書き上げたのです。それが、『I Owe It All To You』なのです。
歌詞を見ると、実際の大聖堂にあったものかは分かりませんが、多彩な景色が登場しています。「エジプトの寺院」「永遠の庭」「離島の海辺」「ガラスの大聖堂」「黄金の峡谷」「神聖な水の湖」・・・想像するだけでも桃源郷のような光景です。そこには神秘的なもの、幻想的なもの、そして古典的なものを感じます。きっとポールもそういうイメージを得たのでしょう。ローマ、ギリシャ、エジプトといった古代地中海沿岸地域の雰囲気です。そして忘れていけないのは、こうした風景を並べながらも、結局はラヴソングで締めくくっているという点です。タイトルは「それはすべて君のおかげさ」という意味ですが、この美しい風景を見ることができるのも君−ポールにとってはリンダさん−のおかげ、というわけです。ポールにとっては、リンダさんの誕生日に行ったことで見ることのできた景色ですから、まさに「君のおかげ」でできた曲だったのです。そしてリンダさんにとっては、大聖堂への小旅行に加えて『I Owe It All To You』という曲も、誕生日プレゼントとなったのでした。
そのように神秘的な歌詞ですから、曲の雰囲気も当然ながらそれに合った美しいメロディを持ったバラードとなりました。少しセンチメンタルな感じも漂うメロディラインが印象的です。そして、'80年代以降ポールがものにしていった、独特の「枯れた味わい」がこの曲でも感じられます。前作「フラワーズ・イン・ザ・ダート」の『Distractions』で「枯れた味わい」を極めたわけですが、ここではそれよりさらに一歩先へ進んでよりアコースティックでバンドサウンド的なものを目指しているように感じられます。まだこの曲にいたってもいろいろな音が入っていますが、次作「フレイミング・パイ」になるとさらにシンプルさを出すことで「枯れた味わい」を出そうとする試みがなされます。
この曲が取り上げられた「オフ・ザ・グラウンド」セッションは、ツアーバンドとの一発録りに近いレコーディングが繰り返され、サウンド的にもシンプルでストレートなものが目立ちますが、この曲に関しては詞作のイメージを具現化したかのような音作りのために、アルバムの中でも比較的分厚い音作りになっています。エジプトの寺院のような神秘的な感覚は、シンプルだったりストレートだったりするとなかなか表現しづらいものがあるのでしょう。そこで活躍なのがキーボード類。ビートルズ時代以降ポールが愛用してきた、メロトロンの登場です。リンダさんやウィックスではなくポール本人が演奏している辺りに、ポールの意気込みを感じます。'90年代に入り、シンセサイザーも格段の進歩を遂げる中で、あえてその前身にあたるメロトロンを使用することで、幻想的で古典的な感じをうまく引き出しています。イントロのフレーズを聴くだけで、一気に辺りが黄金の峡谷になったような気分になります。もちろん、コンピュータ・サウンドを好まない、アナログ嗜好のポールの意地も背景にあると思いますが・・・。リンダさんが弾くチェレスタも随所でフィルイン的に使用されています。ウィックスのピアノが隠し味として入っています。ポールのヴォーカルや、後半のコーラスにエコーがかかっているのも、そんな雰囲気を増長させています。
しかしながら、幻想的な音作りが成されていても「オフ・ザ・グラウンド」セッションの基本はバンドサウンド。この曲も、ツアーバンドの各メンバーの演奏が光ります。決してポール個人のサウンドにならないのです。メロトロンと並んで耳に残るのがアコースティック・ギターです。「枯れた味わい」につきもののアコギですが、実はこれもポールが演奏しています。代わりにヘイミッシュ・スチュワートがベースを弾いています。ポールはイントロ部分のアコギで逆回転サウンド風に聞かせます。ロビー・マッキントッシュはいつもながらエレキ・ギターを弾いていて、随所でスライド・ギターを披露しています。情緒感たっぷりのこの曲にエレキは不釣合い・・・と思いきやそうでもありません。弾いているフレーズもそうかもしれませんが、控えめな演奏をしているのもあるでしょう。そしてもう1つ特徴的なブレア・カニンガムのドラムス。他の曲で聴くことのできるロック的でソリッドな音ではなく、タンバリンのような感じの音になっています。そして、「どら」のように深遠なシンバルが何度も登場し、オリエンタルな雰囲気を醸し出しています。「オフ・ザ・グラウンド」セッションでポールは曲のイメージについて必要最低限のことしかメンバーに教えず、あとはメンバーの想像に任せる手法を取ったそうですが、各人詞作の神秘的なイメージをうまく表現できています。
そしてもう1つこの曲をバンド的なサウンドにしているのが、後半部分です。最後の繰り返しが終わった後、曲が終わるまで延々と演奏が続いていくわけですが、一聴してだらだらしたこの感じが、逆にバンドで演奏しているという印象を与えています。リハーサル・テイクや一発録りをそのままアルバムに収録している「オフ・ザ・グラウンド」セッションですが、曲の構成も初めから決めずに、演奏しながらメンバーの息の合った連携で決めてゆく・・・そんな様子が読み取れます。同じく幻想的なバラードの『Winedark Open Sea』も、構成を演奏しながら試行錯誤して決めてゆく様子がぱっと分かるような、悪く言えば長たらしい曲なのですが、そちらよりかは構成が決まっているので聴きやすくはなっています。
アルバム発売後のコンサートツアーでは、「オフ・ザ・グラウンド」の収録曲がてんこ盛りで演奏されたのですが、なぜかこの曲は演奏されませんでした(サウンドチェックでは演奏されたらしい)。いくらバンドサウンドとはいえバラード系の曲で、さらにライヴでの再現が比較的難しかったからかもしれません。しかし、メンバーやスタッフの投票を勝ち抜いてアルバム収録となったのに、ライヴでは演奏されなかったというのは少し残念です。『Winedark Open Sea』だったら分かるのですが(苦笑)。
私は元よりこの曲は「いい曲だな」とは思っていたのですが、だんだん「オフ・ザ・グラウンド」が煮え切らないと感じてきてからは好きではなくなり(嫌いになったわけでもない)、聴かなくなりました。そして最近聴いて、「なかなかいいじゃん!」と思ったのです。それでもポールの曲全体で上位になることは残念ながらありませんが(汗)、以前より少しは好きになりました。歌詞と曲の「イメージ」が見事にマッチしていますね。実際に大聖堂の光景を見てきたポールはもちろんですが、他のバンドメンバーもよく想像だけであそこまで音に具現化できたと感心します。普通ならシンセ音をふんだんに使えば神秘的な雰囲気は簡単に作り出せてしまうのですが、あえてバンドサウンドと、古典的なメロトロンでそれを成し遂げようとするポールのアナログ嗜好にも感心します。ちなみに、この曲に雰囲気がよく似た曲があって、それは私が愛聴するドリカム(DREAMS COME TRUE)の『雨の終わる場所』という曲(あまり知られませんが・・・)です。『I Owe It All To You』を聴いた時、真っ先に私が思い浮かんだのが『雨の終わる場所』でした。すごく似ているか、と言われればそんなことはないのですが、漂う雰囲気は似ています。
さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「本物のR&B」。お楽しみに!押せ押せなのでたぶんすぐ更新します(汗)。
アルバム「オフ・ザ・グラウンド」。バンドサウンドが随所で展開された、シンプルでストレートなアルバム。アルバム未収録曲も収録の「コンプリート・ワークス」がお勧め!