Jooju Boobu 第139回

(2006.9.08更新)

Treat Her Gently/Lonely Old People〜Crossroads(1975年)

 前回に続いて、今回も1975年のウイングスのアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」から取り上げました。しかし、その曲調は前回の『Letting Go』とは正反対です。ロック・テイストがあふれているアルバムとしては異例のバラードです・・・とくればお分かりでしょう!アルバムのラストに収録された『Treat Her Gently/Lonely Old People』です。ロック色とはかけ離れた、美しいアレンジが施された曲で、まさに一般的なポールのイメージです。有名でこそありませんが、ポールを知るファンの間では人気の高い曲です。今回は、そんなこの曲に加え、その後に収録された短いカヴァー曲『Crossroads』も一緒に紹介してしまいます。

 アルバム「ヴィーナス・アンド・マース」については前回触れましたし、これまでにも何度も触れたので割愛。新規加入したメンバー(特にジミー・マッカロク)の影響もあって、非常にロック色にあふれた、ライヴを意識したような曲目が再びヒットを呼んだわけですが、その結果本来のポールが得意とするバラードナンバーはごく少数に収まりました。しかも、アルバム発売後2年ほど続いた長期のコンサートツアーでは演奏されませんでした。冒頭のメドレーの次曲『Love In Song』と、今回紹介するアルバムラストの『Treat Her Gently/Lonely Old People』のみで、この時期としては大変レアなバラード、ということになります。ライヴ向けの新曲を仕込んでおきたいポールの気持ちが垣間見れる結果です。しかし、そんな少数派バラードは手を抜いて作ったわけではありません。いずれも高品質のアレンジで完成されたのでした。特にこの曲に関しては、じっくり作られたような痕跡を感じます。

 この曲は、タイトルから分かるように2曲のメドレーで構成されています。2曲メドレーといえば、いくつもの曲の断片を組み合わせて1曲に仕上げる手法と並んで、ビートルズ解散後ポールが得意としてゆく作風です。1971年にはその手法を取り入れた『Uncle Albert/Admiral Halsey』が全米1位を獲得していますし、『Venus And Mars/Rockshow』『Winter Rose/Love Awake』『Good Times Coming/Feel The Sun』と挙げていたらキリがありません。また、ポールの場合ただ2曲をつなげるだけでなく、そのつなぎを巧妙なアレンジで見事に聞かせてくれるのです。先の『Uncle Albert/Admiral Halsey』がグラミー賞を獲得できたのも、そのおかげです。

 しかし、この曲に関してはそれらともまた違った構成の2曲メドレーとして注目されます。2曲を1点で接続させるのではなく、2曲を交互に登場させているのです。これに似た構造の曲を他に探すとすれば、1973年の『Little Lamb Dragonfly』が似たような感じだといえるでしょう。このような構成になったのは、ポールが『Treat Her Gently』という曲を書いていると、自然と『Lonely Old People』のメロディが出てきて、それを書き進めていると今度は『Treat Her Gently』に戻ってきてしまった・・・というエピソードがあります。2曲目の最後が、偶然にも1曲目の頭とぴったりだったのです。アルバムでは『Treat Her Gently』と『Lonely Old People』が2回出てくる構成で発表されましたが、延々とループできるようなメドレーが出来上がったわけなのです。

 さらに面白いことに、『Treat Her Gently』と『Lonely Old People』では、拍子が全く違います。前者が4拍子、後者が3拍子なのですが、そのつながりには全く違和感を感じさせません。それどころか、メドレーであることも忘れてしまいそうな溶け合い方です。いずれもポールらしくメロディアスなバラードで、そこはメロディ・メイカー、ポールならではです。それにしてもここまで違和感を感じない秘訣は何なのでしょう。それは、まさしくアレンジです。メロディ・メイカー節を発揮したと思ったら、名アレンジャー節まで発揮しているのです!

 曲は2つのパートが同時録音されています。そして、同じ楽器が使用されています。まずこの時点で、いつものポールのメドレー作品とは一線を画しています。統一感があるのです。サウンドのベースとなるのがポールの弾くピアノです。元々この曲はピアノで書かれたようで、1974年頃のピアノ・デモも残っています(この時から発表時と同じ構成が完成しているのがすごい!)。そのため、本格的なレコーディングでもピアノ中心のアレンジがそのまま引き継がれたのでしょう。結果、ポールらしいピアノ・バラードとなりました。ピアノを弾き慣れたポールだけあって、単にリズムを刻むだけではなく、感動的なアレンジでの演奏も駆使しています。そして、先の拍子の違いを感じさせないアレンジの立役者が、ストリングスなどオーケストラ・アレンジです。流れるような、さながら映画音楽のような美しいその調べは、ポールとトニー・ドーシーのスコアによるものです。トニー・ドーシーといえば、ポール・ファンならおなじみの人物。ウイングスおつきのホーン・セクションメンバーの一員として活躍しました。ポールの信頼も厚い人ですが、ストリングス・アレンジに関してもぴか一の腕だということはこの曲を聴けばすぐに分かります。メロディラインの持つ寂しさを的確かつ見事に表現しています。後半の流れは本当に感動的です。アルバムのラストにもぴったり。完成度もアルバムの他曲よりも際立って高いです。

 ウイングスのメンバーも負けてはいません。まず、ジョー・イングリッシュが3度訪れる拍子チェンジを難なくこなして、違和感ない流れをキープしています。ストリングスのない前半部でも違和感がないのも、ジョーのおかげかもしれません。チェンジする部分で大げさな演奏にしていないからでしょう。この時期のロックナンバーで迫力あふれるドラミングを聴かせるジョーは、バラード系でもいい演奏をしていますね。同じくロックナンバーで大活躍のジミーも、この曲では秀逸なギターフレーズを幾度となく登場させています。さながら「泣きのギター」のような演奏は、これまた曲の持つ寂しさを増幅させて感動的なひと時を作り上げています。リンダさんとデニー・レインは楽器面では目立たないものの、一世を風靡したウイングスらしい美しいハーモニーでポールを支えます。ポールの歌うせつなげなヴォーカルラインをきれいに飾ります。ロック的なダイナミックな演奏と、ポールらしいメロディアスで美しいメロディとアレンジ、そしてウイングスらしい極上のハーモニーが混じり合ったこの時期のウイングスのバラード作品は、本当に素晴らしいです。このラインアップのウイングスであまりバラードをやらなかったので、そうした曲が非常に少ないのが残念ですが・・・。そうした意味でも、この曲は大変貴重なのです。

 タイトル表記では2曲のメドレーとなっていますが、実は前曲にして全米1位の大ヒットナンバー『Listen To What The Man Said』とも連結しています。いったんブレイクした後即座に始まるあのストリングスのメロディがそれです。「違和感がないように」と挿入されたパートですが、前曲のはちきれんばかりのポップさとは一転してドラマチックでダイナミックなアレンジでこの曲の世界へ一気に連れていってくれます。ジョーの力強いドラミングが効果的ですね。『Listen To〜』のシングルヴァージョン(ベスト盤にも収録)ではこの部分がフェイドアウト処理されているので、感動的な流れが分からなくなっていますが・・・。

 この曲の歌詞は、それぞれのパートで違う内容が歌われていますが、どこか共通点があるように感じられるのが不思議です。前半の『Treat Her Gently』は、その名の通り「彼女をいたわってやれよ」と歌っています。このパートはすぐに終わってしまうのでそれくらいしか歌われていません。そして後半の『Lonely Old People』も、その名の通り「身よりのない老人たち」について歌っています。何をすることなく、老人ホームでただただ余生を暮らしてゆく老人たちの寂しさが、悲しげなメロディ・ラインにのせて歌われます。前パートの「彼女」は実は老人ではなかろうか?と思わせるのが面白いですね。そして、この曲の最後の最後で「誰も演奏してくれとは頼まなかったのに・・・(Nobody asked us to play)」と歌われますが、これが次に紹介する「あの曲」と密接にかかわりあるフレーズなのです・・・!

 その曲こそ、アルバムの本当のラストナンバーである『Crossroads』(邦題:「クロスロードのテーマ」)です。たった1分しかないインスト・ナンバーですが、これは実はポールの曲ではありません。オリジナルはトニー・ハッチ('60年代英国ガールズ・ポップの草分け的存在、ペトゥラ・クラークの夫らしい・・・)が書いた曲で、英国で大人気のTVドラマシリーズ「クロスロード」の主題歌です。ドラマは1964年〜1988年という大長編となったメロドラマで、2001年から新シリーズが復活したようです。そのうち、2003年からのシリーズには、ポールの婚約者だったジェーン・アッシャーが出演しているらしい(!?)です。先述したトニー・ドーシーが好きな曲だったそうです。ウイングスが公式に発表したメンバー以外の曲は大変少なく、スタジオ録音曲では他に『Love Is Strange』(「ウイングス・ワイルド・ライフ」)しかありません(他に未発表として『Tragedy』がある)。ウイングスが他人の曲をカヴァーした珍しい曲でもあるのです。

 そんなメロドラマの主題歌を、なぜポールが突然カヴァーしたのか!?ジェーン・アッシャーはこの当時ドラマに出演していないので、それが要因ではありません。そこで出てくるのが、先の『Treat Her Gently/Lonely Old People』です。実は、アルバム制作当初は『Crossroads』をカヴァーするつもりはなかったそうで、『Treat Her〜』をアルバム最後に持ってくる際に、ポールが思いついたジョークが要因になったのです。それによると、『Lonely Old People』で歌われた老人たちは何をするわけでもなく、TVドラマ「クロスロード」を見るのを楽しみにしている。TVから流れる主題歌は、老人たちは楽しんで聴くだろうが、他の人たちは別に聴きたくない、「誰も演奏してくれとは頼まなかったのに・・・」。つまり、『Crossroads』がアルバムのラストで、『Lonely Old People』の後でカヴァーされたのは、その配置と歌詞によって老人たちをからかってやろうというポールのジョーク(というより、揶揄)のためなのです。一体当時アルバムを聴いて幾人がこのジョークに気づいたのかは分かりませんが、当の老人たちが知ったら何と思ったことでしょうね。

 曲はドラマのテーマ曲らしく短めのインストで、ウイングスもそれに基づいてカヴァーしています。恐らくウイングスの公式発表曲で1,2を争う短い演奏時間ではないでしょうか。元々メロドラマに合った雰囲気の曲ですが、ポールはさらに大げさなアレンジをして老人たちを皮肉っています。『Treat Her〜』以上に分厚く甘ったるいストリングス、ポール自らが弾いた「泣き」のギター、豪快なフィルインのドラムス、そして全体に深くかかったエコー・・・。ここまで大げさだと甘ったるさを越えて面白くもあります。しかも曲はエンディングに向けてフェイドアウトしながら、それでもフェイドアウトしきらずに終わるという中途半端なアレンジをしています。最後には蛇足に誰かの話し声が入っています。“Last bass,clear”のように聴こえますが、ポールの声には聴こえませんね・・・。そこまでしてポールは老人を皮肉りたかったのでしょうか。

 面白いことに、ポールのジョークでアルバムに収録されることになったこの曲は、結果としてポールのアルバムによく見られる「ベタに終わらない」展開となりました。あの「アビー・ロード」の『Her Majesty』とか、「フレイミング・パイ」の『Great Day』とかと同じものです。まぁ、『Crossroads』もエンディングにふさわしいクロージング・ナンバーではあるんですけど・・・。『Treat Her Gently/Lonely Old People』ですっきり終わらないというところが。きっとポールはそうした構成が好きなんでしょうね。

 なお、このウイングスのヴァージョンは実際に当時のTVドラマ「クロスロード」に使用されていた時期があるとのことです。本来は老人を皮肉る「道具」だったこの曲が、本当に提供されてしまった時ポールはどう感じたのでしょうか。TV局側からしたら、「天下のポール・マッカートニーが主題歌をカヴァー!」なんて大きな宣伝効果になりますから喜んだでしょうけど。ちなみに、「ヴィーナス・アンド・マース」のボーナス・トラックで、『Crossroads』の次に収録されている『Zoo Gang』も、1974年に録音された後同名のTVドラマシリーズに提供されています。「Cold Cuts」でおなじみの未発表曲『Proud Mum』もドラマに提供予定だったと考えると、ポールはこの時期TVドラマとのタイアップを模索していたのではないかと思われます。もしかしたら、『Lunch Box/Odd Sox』や『Tomorrow』のレゲエ・インストもその流れで・・・!?

 というわけで、ポールのジョークが飛び交った2曲をご紹介しましたが、特に『Treat Her Gently/Lonely Old People』は非常に美しいバラードで、あまり注目を浴びないのが不思議なほどです。もっとスポットを当ててもいいと思います。ポールらしい美しいメロディはもちろん、拍子チェンジを感じさせないアレンジが光っています。当時のコンサートでも聴きたかった曲ですね。きっとロック的な要素を強めるために『Love In Song』共々セットリストに加えなかったのでしょうね。今回聴いてみて改めていい曲だと思いました。そして『Crossroads』も賛否両論ありますが、私は好きですね。『Zoo Gang』とか『Lunch Box/Odd Sox』とか、当時のポールのインストはちょっとオシャレなところがある気がします。

 これでアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」の曲はほとんど紹介したと思います。・・・と思ったらあと3曲ありましたね。実の所、そのうちの1曲は私が「苦手」とする曲なので、恐らく最後まで残ると思います(苦笑)。

 さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「神秘的なバラード」。お楽しみに!!

アルバム「ヴィーナス・アンド・マース」。ロック色が濃い中で、美しいバラードもありますよ!冒頭・中盤・後半のメドレー形式のつながり方もお見事です。

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