Jooju Boobu 第135回
(2006.8.09更新)
Anyway/I've Got Only Two Hands(2005年)
今回紹介する曲は、現時点でポールの最新発表曲という感じになるのでしょうか。最新アルバムの最後の曲だからです。ポールの最新作といえば言わずもがアルバム「裏庭の混沌と創造(ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード)」。ナイジェル・ゴドリッチのプロデュースが話題となった、「近年の作品では最高傑作」との呼び声も高い将来的な「名盤」です。どこかビートルズ時代に回帰したようなシンプルさと、それでいて新たな音作りを追求したかのような新鮮なアレンジは癖になりそうです。そして、そのアルバムのラストナンバーこそ、『Anyway』なのです。ポールが得意なミドルテンポのバラードですが、個性が強くない分ふと気づいたときに「あ、いい曲だな」と思える、そんな1曲です。今回は、アルバムの「本当のラストナンバー」である『I've Got Only Two Hands』についても後半触れながら、この曲を語ります。
リスナーが長い間待ち続けていたポールの新譜「裏庭の混沌と創造」は、前作とは打って変わって穏やかなものとなりました。全体にバラード系の曲が多かったのがその理由の1つでしょう。ポールの年齢も関係しているのでしょうか、それとも最近ますますポールが回顧しているビートルズ風のテイストの影響でしょうか。バラードが多いとなると世間一般が求めているポール像に近いものとなりますが、そのおかげかこのアルバムは発売後高い評価を受けます。アルバムが2005年のグラミー賞にノミネートされたこともよくご存知でしょう。発売後1年経過していない現時点で既に、昔からのポール・ファンの間でも好評のようです。
「裏庭〜」に収録されたバラード作品の中は、演奏スタイルによっていくつかに分けることができます。『How Kind Of You』『At The Mercy』『Riding To Vanity Fair』は、プロデューサーであるゴドリッチの影響が強い、いくぶん実験色が出た曲でいつものポールとは少し違った味付けです。残りのポールらしい曲では、『Jenny Wren』『A Certain Softness』がアコースティックギター中心の曲であるのに対し、『English Tea』はピアノ中心で弦楽やリコーダーが入るクラシカルなアレンジ。では今回紹介する『Anyway』は、といえばピアノを中心として、いかにも「バラード」的なストリングスを従えています。系統的には『This Never Happened Before』と同じです。
このように「裏庭〜」の曲はバラードが多くともその雰囲気は曲によって違うわけですが、同じ「ピアノ&ストリングスのバラード」である『This Never Happened Before』と『Anyway』でもそのイメージは全く異なります。前者はそれこそ『The Long And Winding Road』や『My Love』といったステレオタイプ的なポール像にぴったりの甘いスローバラードですが、『Anyway』には強い甘美さがありません。また、典型的なバラードのイメージもありません。違うのです。ではこの曲はどんな感じか・・・といいますと、さっぱりした感じのアレンジで、ミディアム・テンポなのです。「ポップ・バラード」とでも言いたくなるような、そんな感じなのです。
『This Never Happened Before』と同じく、この曲の中心はピアノです。特に序盤はベースを除いてはほとんどピアノソロになっています。この序盤の部分はドラムレスのため、スローバラードのスタイルになっています。前曲とは違和感ないつながり方です。しかし、そんなスタイルは、ドラムスがミディアム・テンポのリズムを刻みだすと変わります。そこからはバラードというよりは、ポップ的な感じになるのです。前半のバラード的な展開とは異なり、青空の下に出たような爽快感があります。新鮮なアコギの音も聴こえてきます。そして、後半から入ってくるストリングス。『This Never Happened Before』のいかにもバラード的なアレンジではなく、流れるようなテンポにぴったりのアレンジです。分厚くならず、甘美さが目立ちすぎない、さっぱりとした弦の使い方です。それでいて、感動を与えてくれるようになっているのは心憎いところ。曲構成がピアノソロの第1節、バンドサウンドの第2節、ストリングスの入る繰り返しというシンプルなもののため、非常にすっきりした感じがあります。最後の最後の一部分でストリングスを使うことで、全体が甘くならず、かつストリングスが効果的に聴こえるという計算です。
この曲も、他の「裏庭〜」収録曲のようにほとんどの楽器をポールが演奏しています。ポールの手でない楽器はストリングスのみです(オーケストラの演奏シーンを付属DVDで見ることができます)。ピアノやベースの演奏はさすがポールといったところ。序盤のベースラインがメロディアスです。ドラムスもポールらしさが滲んだ音です。ストリングスを除けば、本当にシンプルなバンドスタイルで、これはポールの「原点回帰」的な印象があります。それにさっぱりとしたストリングスが加わることで、ミドル・テンポの曲調に合った爽やかさが感じられます。
そしてヴォーカル。アルバムを通して感じられることですが、ポールがすぐそばで歌っているような、そんな生々しさの感じられる歌声です。別段力を込めるわけでもなく、わざと声を変えているわけでもなく、ごく普通の声で歌っているからでしょうか。ここでもつとめてシンプルさを求めているように感じられます。バラード的ムードを盛り上げる「ウー」というコーラスも印象的です。シンプルなこの曲にしては珍しくエコーのかかった「アーアアアー」という一節は、曲の次のシーンへ移る際に効果的な役割を果たしています。歌詞も、本当にシンプルなラヴソングです。「とにかく電話をしてくれよ」という内容ですが、後半の盛り上がりを聴いていると、本当にポールに電話したくなってきそうです。
全体的にシンプルでさっぱりとしているため、強いインパクトにはどうしても欠けてしまいます。しかし、さらっと聞き流しても「あぁいい曲だなぁ」と思える、そんな感じの曲です。普段は印象に残らなくても、よく聴くと「こんなにいい曲なんだ!」と思うことでしょう。『This Never Happened Before』のベタなバラードアレンジが鼻についてしまう人でも、この曲のアレンジには満足することでしょう。'80年代以降、やや大仰なバラードでアルバムのラストを飾る傾向の多かったポールですが、それとはまた違った爽やかなラストというのもいい感じです。さりげなく感動を催すやり方がニクいですね。
しかししかし、それで終わってしまうポールではありません。アルバム「裏庭の混沌と創造」には、この曲の後、約10秒間のブランクを挟んで、ポールらしい「おまけ」がついているのです。『Anyway』の爽やかな感動を吹き飛ばしてしまうような、何の脈絡もなく収録されたインストナンバー・・・そう、『I've Got Only Two Hands』です。
アルバムのラストを感動的に終わらせるように見せかけておいて、隠し要素として最後に「おまけ」を置いて感動的ムードをぶち壊すのは、ポールの得意技です。古くはビートルズ時代、アルバム「サージェント・ペパー」の最後に『Sgt Pepper's Inner Groove』という変てこな実験的ナンバーを入れたことに始まり、名盤「アビー・ロード」の感動的なメドレーの後に収録された『Her Majesty』や、初のソロアルバム「マッカートニー」の『Kreen-Akrore』、ウイングスのアルバム「ウイングス・ワイルド・ライフ」の『Mumbo Link』、「ヴィーナス・アンド・マース」の『Crossroads』と続き、名盤「フラワーズ・イン・ザ・ダート」以降は「オフ・ザ・グラウンド」「フレイミング・パイ」と立て続けにこの手法を取り入れています。
そして今回はというと、断片的なインストを3種類つなぎ合わせたものが「おまけ」となりました。まさにアルバムの題する「混沌と創造」を音に表現したかのようです。もしかしたらアルバム中一番タイトルを具現化しているかもしれません。しかも、3種類のインストのいずれもポールがお遊び感覚で録音したとしか思えないような曲。まるで「マッカートニー」「マッカートニーII」のようです。ポールがインストを発表することはさほど珍しくはありませんが、最近は鳴りを潜めていただけに('93年の『Soggy Noodle』以来)新鮮に感じられます。ちなみに、タイトルの『I've Got Only Two Hands』はアルバムには明記されておらず、文字通りの「シークレット・トラック」となっています(ただし、日本盤には「+シークレット・トラック1曲」と明記されているし、事前の触れ込みでその存在は知られてしまっていた)。
最初に登場するのは、ラフなロックンロール・スタイルの曲。ゆがませたギターサウンドと、ピアノが主体のミドル・テンポの曲です。イメージ的には本編収録の『Fine Line』に似ていて、もしかしたら『Fine Line』のレコーディングのアウトテイクなのかもしれません。3曲中、唯一ポールの声が入っている曲でもあります(途中で「ウッ!」と叫んでいる)。続いて登場するのはピアノ・インストです。雰囲気的には'75年録音の同じく変てこなインスト『Lunch Box/Odd Sox』に似ています。流れるようなピアノの演奏はさすがポール。脈絡のない3曲のインストのうち、もっとも完成度が高いです。前曲に続き、ゆがんだギターがここにも収録されています。そして最後は、一気にサイケデリックな印象を強めます。リズム的には前曲と同じですが、力強いドラミングはロックを意識しているかのようです。やたらと耳に残るのはメロトロンによるものと思われるサウンド。否応にもビートルズの'67年のアルバム「マジカル・ミステリー・ツアー」を思い浮かばずにはいられません。クリエイティブなサウンドも、きっと当時と同じくポールの手作りなのでしょう。この曲でも再三再四ゆがんだ音のギターが出てきます。そして混沌とした世界はフェイドアウトと共に終わりを告げます。同時に、ポールの手作り感が漂うアルバムも終わりを告げるのです(日本盤のみボーナス・トラックが入っています!)。
というわけで、今回はアルバムラストをさりげなく感動的に飾るバラードの佳曲と、その雰囲気をぶち壊す混沌とした3曲編成の「おまけ」インストの紹介でした。個人的には『Anyway』より『This Never Happened Before』の方が好きですが、たまに前者に飽きてしまうとさっぱり目の後者の魅力を改めて思い出します。大仰なバラードが苦手な人には、『Anyway』程度の味付けがちょうどいいかもしれませんね。ライヴではまだ演奏していませんが、聴いてみたいですね。『I've Got Only Two Hands』の方は、ポールらしい「おまけ」だなぁと思います。63歳になっても、遊び心旺盛ですね。ぜひその精神を次作でも見せてほしいものです。個人的には2番目に出てくるピアノ・インストのパートが好きですね。あれに限っては独立したインストにしてもよいような質があると思います。あ、ちなみにイラストは「裏庭の混沌と創造」のお約束で柊つかさ@「らき☆すた」にしました。
現時点で、『Anyway』〜『I've Got Only Two Hands』の先にはポールの新譜はありません。昔からずっと聴き続けて、ここで行き止まりとなるのです。この先、どんな展開が待ち構えているのか、今後のポールの活動に期待しましょう。
さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「現代によみがえったウイングス風カントリー」。お楽しみに!!
アルバム「裏庭の混沌と創造」。現在ポールの最新作です。今話題のアルバムを、ぜひ聴いてみましょう。