Jooju Boobu 第133回

(2006.7.29更新)

Not Such A Bad Boy(1984年)

 前回はポールが'80年代の混迷から復活した『Figure Of Eight』をご紹介しましたが、今回はその「'80年代の混迷」の中に作られた曲です。ポールの'80年代の混迷といえばやはり自作自演映画「ヤァ!ブロード・ストリート」の大コケがスタートといえますが、今回はその映画のために書かれた新曲です。「Jooju Boobu」ではこれまでに、シングルでも大ヒットした主題歌の『No More Lonely Nights』と、ポールが夢で書いてしまったという『No Values』を紹介済みですが、残るサントラ収録の新曲で唯一の歌入りの曲・・・といえばそう、『Not Such A Bad Boy』です。ちなみに邦題は「悲しいバッド・ボーイ」。今回はこの曲について語ります。

 ポールが企画・主演して、脚本までも手がけてしまった劇場用映画「ヤァ!ブロード・ストリート」は、結局ポールが自ら書いたお粗末なストーリーが災いして散々な結果に終わったことは周知の通り。この後、アルバム「プレス・トゥ・プレイ」の不振でさらに混迷を高めてゆくのですが、豪華なキャストと豪華なサントラを揃えてポールが自信を持って発表した映画だっただけに、ポールのショックはことのほか大きかったようです。まぁ、今では結末のお粗末さを無視すれば演技含めてそこそこ楽しめる映画ですし、音楽は天下のポール・マッカートニー(しかもプロデュースはジョージ・マーティン先生!)だけに申し分ありません。

 さて、この映画の大きな見所の1つはやはり音楽でしょう。その全貌はサントラ「ヤァ!ブロード・ストリート」で聴くことができますが、「新曲だけだとお客さんが喜ばない」と考えてビートルズ、ウイングス、ソロとオールキャリアから選ばれ、それぞれ再演されています。中でもビートルズ・ナンバー6曲の再演は、リンゴ・スターの映画出演(ビートルズ・ナンバーの再演には不参加)とあわせて話題を呼びました。その反面、新曲はインストを除けば少数の3曲にとどまりました。映画の主題歌『No More Lonely Nights』は当然として、残る2曲はいずれも、映画のために書き下ろされたものでした。

 再演含め、サントラの曲の多くは映画と直接リンクしています。というのも、普通なら演奏と演奏シーンはばらばらに録られて編集で一緒になるのですが、ポールは生き生きしたシーンにするために、演奏を演奏シーンの撮影と同時にライヴ録音したのです。映画はもちろん、サントラにも演奏シーン撮影時そのままの録音が収録されたのです。映画前半の『Yesterday』『Here There,And Everywhere』『Wanderlust』のメドレーや、後半の『For No-One』『Eleanor Rigby』などはそうした手法で撮影・録音されました。

 中でも、中盤に登場する倉庫での演奏シーンは、そうしたライヴ感覚の演奏を堪能することができる部分で聴きごたえがあります。このシーンはサントラ制作の中では最初に、映画全体でも序盤に撮影されていて、まだ勢いたっぷりの状態での演奏となりました。うち演奏に参加したのはポール(ベース)、リンダ(キーボード)、リンゴ(ドラムス)、デイブ・エドモンズ(ギター)、クリス・スペディング(ギター)、ジョディ・リンスコット(パーカッション)。『Not Such A Bad Boy』『So Bad』『No Values』を録音します。ちなみに『So Bad』では後に「プレス・トゥ・プレイ」でポールとタッグを組むエリック・スチュワートがゲスト出演。この『So Bad』を除く2曲は新曲で、いずれもノリノリのロックナンバー。まさにスタジオライヴにふさわしい曲でした。もちろん、映画の演奏シーンで演奏された音源がそのまま映画やサントラで使用されています。

 『No Values』が、ポールが夢で歌っていたというローリング・ストーンズをほうふつさせるのに対し、今回紹介する『Not Such A Bad Boy』はいかにもポールらしさのあふれた軽めのロックとなっています。ブルースもそうですが、ポールは何をしてもポップ感が出てしまうくせがあるようです。そのためか、少しリズムにスカスカな所があり勢いが空回っている感じも否めません。『Talk More Talk』『Keep Coming Back To Love』にも同様の傾向が見られますが、この曲の場合は特に映画用にいそいそと作られ、急ピッチで進む撮影と同時に録音されたので、じっくり練りこんだアレンジではなかったというのもあるかもしれません。メロディも比較的単調で、多忙の中思いついたメロディを書いたという感じで、特別よいというわけではありません。悪い曲ではありませんが、地味なことは確かです。

 しかし、そんなハンデを負ったこの曲も演奏に参加した面子はロック感あふれる演奏でカヴァーしてしまいます。リンダさんとリンゴは当然ながらポールと何年も演奏してきた人ですし、デイブ・クリス・ジョディの3人も負けじと一緒になって盛り上げています。ライヴ演奏で一切オーバーダブなしということで、当然ながらシンプルなバンドサウンドとなっています。中でもデイブとクリスのエレキギターが印象的です。デイブは間奏でギターソロも弾いていて、映画でもクローズアップされた形で見ることができます。リンゴのドラミングも映画ではどんな風にたたいているかが見られます(後ろに妻のバーバラが映っている)。仕草のひとつひとつがリンゴらしくて面白いですね。ノリのいいリズムで全体を支えます。ジョディのパーカッションはここではボンゴですが、映画では曲の後半で楽しそうにたたいているのを見ることができます。サントラでもかなり大きめにミックスされています。逆に、リンダさんのキーボードは映画では弾いていることが確認できるのに、サントラでは聴こえません。映画撮影の序盤で演奏されたのもあって、勢いとノリがそのまま演奏に出ています。サントラには曲が始まる前の会話やカウントも収録されていて、スタジオライヴの臨場感が伝わってきます。ちなみに、この曲の直前でリンゴが「おい寒いぞ ここはカナダか」とアドリブを発していますが、これはサントラではカットされてしまいました。面白い台詞であるだけに、残念です。

 もちろん、ヴォーカルも演奏と同時に一発録りされています。そのためか、ポールのヴォーカルはかなりラフな歌い方をしています。アドリブも交えて、いかにもライヴ感あふれた歌い方です。じっくり録音したような歌い方ではありませんが、ライヴ感や勢いの感じられるこの曲にはぴったりはまっています。コーラスを歌っているのはクリスとリンダさんであることが映画で確認できますが、後半の“No more,no more”ではかなりリンダさんの声が目立っています。

 歌詞は、バッド・ボーイが過去の自分の経験を歌っているという内容ですが、これはポールが自分自身の経験を少し誇張して表現したものだということ。確かに、第3節で留置場に入れられた話は1980年の日本での逮捕劇につながりますね・・・(この時期でも根に持っていたのか!)。しかし、なんといってもこの映画の話の核となる、マスターテープを盗んで逃げたと思われているハリー(イアン・ヘイスティングス)を連想させるものとなっていて、効果的なBGMとなっています。「もう僕はバッド・ボーイなんかじゃない」という一節は、前科者のハリーが過去のことを話しながら「僕はバッド・ボーイじゃない(I'm not a bad boy)」と言うポールの回想シーンにつながります。ポールの過去を歌ったものであり、劇中のハリーの過去を歌ったものにもなっているのです。そして、ハリーがはたして「もうバッド・ボーイでない」のかが、映画のストーリーの核心となってゆくのです。ポールの脚本は散々でしたが、曲とストーリーをリンクさせるなんて、よく考えたじゃないですか。実はさりげなく、この曲の演奏シーンの後半に警察当局(!?)が倉庫にやって来る様子が映っていますが、ちょうど「保釈の手続きを」という歌詞のところで少し不快な顔をしています。これも、ポールが考えたものでしょう。意外と凝っていますね。

 この曲と映画に関するちょっとしたエピソードがいくつかあります。実はこの曲、当初映画では使用しない方向に動いていました。しかし、リンダさんとリンゴが気に入ったため「一度やってみて、失敗したらカットしよう」という条件で倉庫のシーンで演奏、結果的に採用されるにいたったというわけです。もしこの曲がカットされていたら、ポールたちのライヴ感あふれる名演は聴けなかったでしょうし、さらには劇中のハリーとのリンクも消えてしまうところでした。なぜ、映画に必要な楽曲が消されそうになっていたのかは謎です。さらに、映画の冒頭に当たる印象的な渋滞のシーン。このシーンで車内のポールがいそいそと書いているもの・・・それは、この曲の歌詞なのです。一瞬だけ映りますが、第2節をちょうど書いている様子が見られます。このシーンの撮影時に詞作が書かれたのか、それとも改めて書き直したのかは不明ですが、このシーンが序盤に撮影されたと思われることを考えると、前者という可能性もあります。また、劇中でたびたびポールが繰り返す妄想(爆)の1つに、マスターテープを持ったハリーが川の流れる高原のような場所で警察の追っ手を逃れているものがありますが(今回のイラストのシーン)、このBGMとして流れているインストは、実はこの曲のアレンジ・ヴァージョンです(今回改めて見て初めて知りました)。オーケストラ・アレンジはジョージ・マーティン先生だと思いますが、見事に「マーティン化」されています。そしてもちろん、ここでも曲とシーンの間で「バッド・ボーイではない」がリンクされています。

 ポールの全曲の中では目立たない、本当に地味な曲ですが、映画の中ではよく目立っていると思います。今回の執筆のために改めて映画を見直してみて、この曲が持つ映画とのリンクの役割の大きさに驚かされました。ここまでポールは考えていたとは・・・。演奏も、ライヴ録音というのがうれしいですね。当時スタジオ録音を優先してコンサートに出なかったポールですが、映画でのシーンを見ると擬似ライヴといった趣も感じられます。ポールにはこの時のラインアップでツアーに出てほしかったと思います。もちろん、その時にはこの曲も演奏してほしかったですね。目立ちませんが、ライヴ映えする曲です。当時「タッグ・オブ・ウォー」「パイプス・オブ・ピース」そして映画でのビートルズ・ナンバーの再演と軟派な印象の強かったポールですが、この時演奏された新曲2曲はノリノリのロックです。こういう時期にもロック・テイストを忘れていなかったというのはうれしいですね。それも映画の映像つきで堪能できるのはうれしいです。この曲は何度も繰り返される“No more,no more”が非常に印象的ですが、個人的にはこの曲を聴いているとメジャー・リーグの野茂選手を思い起こしてしまいます(苦笑)。最後のポールにいたっては「のものものも〜」ですし(爆)。ちなみに、前回の時出したヒントはこれでした。

 映画のサントラの中の1曲ということで、なかなか聴く機会がないかと思いますが、ぜひ聴いてみてください。もちろん映画の方が2倍楽しめることは、言うまでもないことでしょう!

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「幻想的なアコギ弾き語り」。お楽しみに!

  

ポールが主演・脚本・音楽をつとめた劇場用映画「ヤァ!ブロード・ストリート」(右)と、そのサントラ(右)。

結局は失敗作となりましたが、ポール・ファンなら必携!ビートルズ・ナンバーの再演よりも、倉庫でのライヴ感あふれる演奏シーンの方が見所・聴き所?

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