Jooju Boobu 第132回

(2006.7.20更新)

Figure Of Eight(1989年)

 今回の「Jooju Boobu」は、また時代が飛んで'80年代末〜'90年代へ行きます。とんでもないタイムマシーンに乗った感じになってください(汗)。さて、一体何の曲か・・・?そのヒントは、前回の最後に「NOW」という単語で出しておきました。'90年代初期のポール、「NOW」といえば・・・そう・・・リアルタイムの皆さんの方が私よりはるかに思い出深い光景かと思います。ポールが悲願の来日公演を果たしたあの時の最初の曲といえば・・・『Figure Of Eight』!!

 今回は『Figure Of Eight』を語ります。1989年のヒットアルバム「フラワーズ・イン・ザ・ダート」に収録されたロックナンバーですが、なんといってもこの曲は、久々に組まれたポールのコンサートツアーのオープニングで演奏されたことで有名です。先のヒントのように、リアルタイム世代の方なら当時の感動を今も覚えていらっしゃるかと思います。世界にポールが復活したことを告げたこの曲について、リアルタイムからは程遠い(大汗)私が語ってゆきます。

 ポールがアルバム「フラワーズ・イン・ザ・ダート」で“復活”を果たしたことはもう繰り返し言わなくてもいいことでしょう。'80年代に薪炭をなめてきたポールが、コンサートへの回帰をもくろんで集めたバンドのメンバーと共に、じっくり時間をかけて録音した自信作で、発売されると久々に大ヒットしました。元来からのポールの持ち味が復活したのはもちろん、ビートルズ時代の持ち味や、当時の最新鋭の音楽の影響も感じさせる部分もあり新鮮なものでした。

 そんなアルバムの中でも、唯一のロックナンバーとなったのが、今回紹介する『Figure Of Eight』です。'80年代前半にはあえて避けてきた、ストレートなロックチューン。最新鋭のアレンジを取り入れたロックアルバム「プレス・トゥ・プレイ」や、ロックのカヴァーアルバム「CHOBA B CCCP」などで“リハビリ”をしながら徐々にロックの感覚を戻しつつあったポールにとって、この曲はそのリハビリの結果だったのです。他にも『My Brave Face』『This One』といった活きのいいライヴ感あふれた曲が生まれたこの時期ですが、明らかにポールが意識していたのはコンサートへの復帰でした。コンサートにはライヴ映えするような曲が必要。そこで、ポールは「フラワーズ・イン・ザ・ダート」でそうした曲を収録してツアーへの先導役としたのです。ウイングス解散後の'80年代にはなかなか聴くことのできなかったこうした曲が帰ってきたことは、ファンにとっては大変うれしいものでした。

 さてこの曲のオリジナルヴァージョン─つまり、「フラワーズ・イン・ザ・ダート」収録ヴァージョン─は、面白いアレンジをしています。先に書いたようにアルバム唯一のロックナンバーなのですが、なぜかバンドスタイルで演奏されていないのです。厳密に言えば、「擬似バンドスタイル」で演奏されているのです。というのも、この曲はプログラミングが主体となっていて、バンドメンバーはポール&リンダの他にはクリス・ウィットン(ドラムス)しか参加していないからです。コンサートを意識してライヴ感覚を重視しそうなのですが、「プレス・トゥ・プレイ」で見られた打ち込みサウンドが使用されているのには意外性を感じます。

 この曲を共同プロデュースしたのはトレバー・ホーンとスティーヴ・リプソンのコンビ。この2人は同じアルバムの『Rough Ride』『How Many People』『Ou Est Le Soleil?』なんかもプロデュースしています。これらの音源を聴けば分かるように、いずれも打ち込みドラムスを使用したプログラミング主体の曲です。これはポールが最新鋭の音楽に尽きせぬ興味を抱いている証しで、『Ou Est Le Soleil?』のようなハウス風の曲には大変似合ったアレンジなのですが、この曲(『Figure Of Eight』)には果たして合っているのだろうか、というのが正直な感想です。確かにこの曲でのドラムスはロック的で力強さを感じます。しかし、一辺倒にリズムを刻むだけのビートにはグルーヴを感じません。機械ではうまく表現できないものがあるのです。クリスの演奏ももちろん入っているのでしょうが、それも目立つものではなく、結局は機械的な匂いが漂ってしまっています。

 さらに、先に述べたようにバンドメンバーはクリス以外には参加しておらず、ほとんどの楽器をポールが演奏しています。あの「下手うま」ドラムスこそないものの、彼のワンマンレコーディングではノリはいまいちです。ただしベースに関しては彼ならではのグルーヴが感じられていいのですが・・・(後録りらしい)。また、ギター・プレイにもあまり冴えが見られず、曲を飾っているキーボードの群れや先のドラムスに存在を奪われています。折角のストレートロックなのに、「擬似バンドサウンド」ではそのよさが半減してしまいます。ポールとしては、最新鋭のアレンジを取り入れながら自分らしいロックを聴かせようとしたのでしょうが、この曲に関して言えば結果的にはうまくはいかなかったと思います。

 その割りに、ポールがこの曲に求めたコンセプトは「ラフな形でやる」ことでした。それを証明するように、この曲で使用されたテイクは一発録りで行われています。ポールのベースとヴォーカル、クリスのドラムス、リンダさんのムーグは同時の録音です。ベースに関してはミスタッチが多かったため先述のように後録りされたそうですが・・・。恐らくこの曲をセッションで取り上げてすぐの初期段階での録音らしく、まだ曲の方向性や演奏の慣れが定まらないうちだったためか、あちこちで不完全な所が散見されます。一番それを露骨に示しているのがエンディング。まるでリハーサルのように途中でやめてしまった、ぴんと来ない終わり方です。かっこいいロックだからかっこよく決めて終わればいいのに、ポールにはそれができるのに、あんまりなエンディングです(苦笑)。ポールはこうした所でライヴ感を出そうとしたのでしょうが、それは打ち込みドラムを使用している段階でかなわぬ夢になっています。中途半端に打ち込みを使い、中途半端にライヴ感を意図したラフさを出して、どっちもつかずなアレンジが消化不足な印象を受けます。当時も今も高い評価を受けている「フラワーズ・イン・ザ・ダート」ですが、この曲に関してはプロデュース・ミスで不完全なまま世に出てしまった感があります。

 ちなみに、このオリジナルヴァージョンは、5分ほどあった演奏を編集して3分ちょっとに縮めているもので、完全版はブートで出回っています(「Pizza And Fairy Tales」など)。私はこの完全版を聴くことができていますが、つなぎが少し長かったり繰り返しが多かったりしています。カットされた部分には、ポールがよくシャウトしているなかなかかっこいいシーンもあるので、どうせこのヴァージョンを収録するならこの完全版を入れたほうがよかったと思います(アルバムの収録可能時間からあふれてしまうと思いますが・・・)。

 さて、皆さん思い出深い曲に初っ端から酷評をしていますが(汗)、この曲が中途半端なアルバムのアレンジで終わってしまったわけではありません。それどころか、この後からこの曲の逆襲(!?)が始まったのです。まずはアルバムが大ヒットして、次々にシングルが発売される中、この曲のシングルカットが決定したことです。この時、ポールはアルバム収録ヴァージョンに物足りなさを抱いたのか、シングルに向けて再録音をしたのです。この時念願のコンサートツアーのリハーサル中だった彼は、再録音のセッションをツアーバンドと行いました。アルバムのヴァージョンで参加したクリス・ウィットンはもちろん、ヘイミッシュ・スチュワート、ロビー・マッキントッシュ、ポール・ウィックス・ウィッケンズも参加したこの再録音で、ついにこの曲はしっかりとしたバンドサウンドに生まれ変わることができたのです。

 ツアーバンドによるこのヴァージョンは、アルバムと比べてノリが全く違います。打ち込みドラムの代わりに生き生きした力強いクリスのドラミングがロックらしさを出しています。やっぱり機械の出す音と人力の音とでは迫力に差があります。そして、ポールがほとんど担当していた楽器も、ヘイミッシュやロビーによる演奏に代わっています。そしてその差は歴然!ヘイミッシュやロビーの演奏にはかっこよさが感じられます。特に間奏のロビーのスライドギターはロビーらしいロックな演奏です。アルバムにあった中途半端にラフだった雰囲気も、ロックらしくタイトにまとまっています。やっぱり、タイトな方がこの曲らしいです。エンディングはフェイドアウトですが、仮にフェイドアウトでなくともこの面子ならかっこいい終わり方を聞かせてくれたでしょう。ちなみに曲の長さはブートで聴けるオリジナルの完全版とほぼ同じ尺で、たっぷりロックを聞かせてくれます。レコーディング初期段階で一発録りされた演奏と、一緒にリハーサルを続けて一致団結したバンドの演奏とでは、差が出るのは当然ですね。ホーン&リプソンには申し訳ないですが、再録音ヴァージョンはオリジナルを軽々と凌駕したのでした。

 シングルはアルバム発売の5ヵ月後の11月に発売されたのですが、残念ながらヒットせず(日本では未発売)。まぁ、'80年代後半以降ポールのチャート不振は続いていますから仕方ないでしょう。それよりもすごいのが、この曲のシングルの発売手法。なんと、レコードからCDまで多種多様なバリエーションで発売されたのです!!その数、曲のタイトルに合わせて「8種類」あるとかないとか・・・。ジャケットの種類だけでも5種類あります。カップリングも種類により異なり、大変なことになっています。『Ou Est Le Soleil?』は3種類あるし、『Rough Ride』や『The Long And Winding Road』の再録音はあるし、『This One』のクラブミックスはあるし、挙句の果てにはB面にイラストをエッチングしたレコードまで登場する有様・・・。「ポールどうしちゃったの?」と誰もが思ったでしょう。同時に、8種類のコレクター・アイテムにお金の工面をどうしようか悩んだファンも多かったことでしょう。リアルタイムのファンの方は、本当に困ったことでしょう。8種類全部揃えた方は本当に偉いです。よっぽどのポール愛のある方なんでしょうね!なお、この曲に関してもフォーマットによって5分の完全版と4分のエディット版の2種類があります。

      

 シングル発売ではヒットしなかったもののファンの度肝を抜いたこの曲、いよいよ大きな注目を浴びる時がやってきました。言わずもが、ポールが復活した念願のコンサートツアーです!ツアーのオープニングを飾る1曲目として、ニューアルバムからロックナンバーのこの曲が選ばれたのです。ファンにとって、久々となった自身のコンサートでの生ポールの演奏・歌声はこの曲だったのです。オープニングフィルムが終わって、「NOW」という文字をバックにポールが登場、この曲の演奏が始まる─という演出は、コンサートに行った方なら忘れることのできない感動的な瞬間となったのでした。もちろん日本のファンにとっても例外でなく、悲願の来日公演ということもあって特に思い入れの強いものとなったと思います。当時のリアルタイムファンの方は悲願の来日の影響で「フラワーズ・イン・ザ・ダート」に思い入れが強いそうですが、特にこの曲には特別な感慨をお持ちのようです。リアルタイムで体験できなかった私にとっては計り知れないものがあります。私はライヴ盤「トリッピング・ザ・ライヴ・ファンタスティック!」であの時の感慨をうわべでしか知ることができませんが、それでも何か特別な感情がわきあがってくるような、そんな感じになります。ライヴでの演奏も、もちろんシングルと同じツアーバンドの演奏ですが、オリジナルとは比べ物にならないライヴ感とグルーヴを感じるヴァージョンです。結局はこの曲は非常にライヴ向きであり、ツアーへの先導役を十二分に担ったのでした。間奏後の盛り上がりを聴くと、観客にもその真髄がよく伝わったと感じられます。

 さて、アルバムの煮え切らない演奏から、シングルでの再録音、ライヴでの感動的な名演と、タイトでノリのよいロックナンバーへと変貌したこの曲についてもうちょっと語ってみましょう。アルバムで特に顕著ですが、この曲はポールらしいロックと現代風のテイストが融合しています。アルバムではそれが中途半端ですが、シングルでは後者を抑えることでほどよい融合を見せています。キーボードの使用は後者に該当しますが、あの冒頭のシンセ一音は(特にリアルタイムの方なら)印象的なものがあります。何かが始まる・・・みたいな?ライヴのオープニングにはぴったりでした。ミドルテンポのリズムで進行していきますが、やはりシングルやライヴのようにタイトで決める方がいいですね。サビの終わり(タイトル登場部分)ですぱっとブレイクするのがかっこいいです。アルバムでは余計にエンディングが長い感じがしますが、シングル&ライヴでは間奏などつなぎをとても大切にした構成になっていて、間奏では例のスライドギターを堪能できます。先ほどから何度も言っているようにシングル&ライヴの方が断然ロックした演奏ですが、アルバムの演奏で唯一いいものを挙げるとしたら、個人的には手拍子でしょうか(爆)。あれがあってかろうじてサビのノリがよくなっている気がします。

 そして、アルバムでもシングルでもライヴでも炸裂しているのが、何を隠そうポールのヴォーカルです。終始力のこもったシャウト風のヴォーカルは、アルバムでもかっこいいです。ただしアルバムでは演奏のラフさとのギャップが激しすぎて変な感じに終わっているのが残念ですが・・・。アルバムより気合入れずに歌ったシングルの方ではバックから浮かずにマッチしています。アルバムヴァージョンの完全版や、シングル、ライヴでは途中からアドリブ風崩し歌いも炸裂してこれもかっこいい。構成は単調なのに、これがあるので飽きません。そしてエンディング間際のタイトルコール“Figure of・・・Eight!”がこの曲のヴォーカル面でのハイライトでしょう。アルバムでもシングルでもライヴでも、眉間にしわ寄せて歌うポールの顔が思い浮かんできます。ヴォーカルに対してハーモニーがあくまで淡々なのも印象的なアレンジです。

 タイトルは「8の字形」の意味で、歌詞では「君は僕を8の字形に踊らせる」と歌われています。8の字は見た目の通り無限に繰り返すループ形ですが、それに引っ掛けて延々と繰り返して進展のない様を表現しています。一見ラヴソングにも見えますが、社会問題に関心を持ち始めた当時のポールを考慮すると、社会的なメッセージが含まれていると考えられます。同じことの繰り返しで少しもよくならない世界でよいのか?お互いを愛して、お互いを気遣おう・・・と。戦争をはじめいろいろと「8の字形」にはまっている現代において、この曲の詞作は考えさせられるものがあります。

 この曲はプロモ・ヴィデオがありますが、これにもヴァージョン違いがあるようです。音源はシングルヴァージョンとライヴヴァージョンの2種類がありますが、どちらも映像はコンサートの模様が取られています。映像はカラーだったり黒白だったりしますが、当時の熱狂が伝わってきそうです。メンバーそれぞれの演奏や観客の様子もいろいろ見ることができます。個人的には間奏後のポールとヘイミッシュのハモりがかっこいいシーンだと思います。あと、間奏前のサビで観客が持っているポールの大きな写真は恐らくシングル「Only Love Remains」の裏ジャケットの写真だと思いますが・・・(間違っていたらごめんなさい)。

 さてこの曲、私は残念ながらリアルタイム世代ではないので、リアルタイムのファンの方ほどの思い入れはありません・・・(汗)。また、最近まであまり好きではない曲でした(汗)。やはり、煮え切らないアルバムヴァージョンだけを聴いていたからでしょう。最近ライヴヴァージョンを入手して、シングルヴァージョンを聴くチャンスがあったことをきっかけに徐々に「なかなかかっこいい曲じゃん」と思えるようになってきて、ここで紹介したのですが、それでもあまり思い入れはないかな・・・(汗)。この曲はやはりシングルヴァージョンやライヴヴァージョンがいいのですが、シングルの音源は入手不可能なのが残念な所です。でもこの曲は再録音されたのはよかったです。全くノリが違いますから。

 ということで、今回のこの曲の話はおしまいです。う〜ん、やっぱりリアルタイム世代の方でないとこの曲はうまく解説できないと思います。

 さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「のものものも〜」(爆)。お楽しみに!!

  

(左)ライヴ盤「トリッピング・ザ・ライヴ・ファンタスティック!」。あの時の感動を再び!オープニングのこの曲は、リアルタイム世代の方なら感無量でしょう。

(右)アルバム「フラワーズ・イン・ザ・ダート」。ラフさと機械的な感じが妙なオリジナルヴァージョンを収録。アルバムはこれまたリアルタイム世代を中心に大人気。

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