Jooju Boobu 第129回

(2006.7.07更新)

Too Much Rain(2005年)

 忙しさにかまけて、いつのまにか1週間放置していました(汗)。定期更新どころじゃないですね、これじゃあ。もっとまじめに更新します(汗)。

 さて、今回紹介する曲はだいぶ時代を下って2005年の曲です。そう、まだ記憶に新しいポールの最新アルバム「裏庭の混沌と創造(ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード)」からです。といっても、あまり目立たない曲です。なんせ『Too Much Rain』ですから。今日はこの曲について語ってゆこうと思います(すぐに燃料切れになりそうですが・・・)。

 それにしても「裏庭の混沌と創造」はひさしぶりに「名盤」といえるようなアルバムでした。ポールとは音楽的性格を異とするナイジェル・ゴドリッチをプロデューサーに迎え、しかも彼の指示によりほとんどの楽器をポールが演奏したという、「マッカートニー」シリーズにも通じそうなスタイルで制作されたアルバムですが、ゴドリッチの冒険的アプローチやシンプルながらもしっかりと作られたアレンジなどが受け、'90年代以降第一線からずるずると引き下がっていたポールを再び大きな注目の元に戻すことになったのです。グラミー賞にノミネートされたのも記憶に新しいはずです。'90年代、そして'00年代初頭といろんなことのあったポールが、円熟味を帯びて戻ってきたのが、あの「裏庭」だったのです。

 珠玉の楽曲が並んだ「裏庭の混沌と創造」の中でも、「シンプル」という面をもっとも味わえる曲に、今回紹介する『Too Much Rain』が挙げられるでしょう。何の変哲もないミディアム・テンポのバラードですが、そういうちょっとした曲にこそポールらしさが表れるのは昔からのことです。こういう曲に耳を傾けてこそ、真の「マッカートニー・ミュージック」が堪能できるのです。

 この曲のシンプルさは、シンプルなアレンジが成されたこのアルバムでも輪をかけてシンプルです。匹敵するのは『Follow Me』や『Jenny Wren』くらいではないでしょうか(そうでもないですか)。他の曲にはシンプルな中にもそれでもストリングスやブラス・セクションが入っていたり、エフェクトが加えられていたりするのですが、この曲においてはそれすらありません。ここで聴かれるのは、ギター・ベース・ピアノ・ドラムスという基本的なバンドセットのみです。まさにライヴの基本スタイルです。そしてそれを演奏しているのはポールだけ、ポールだけの演奏なのです。

 ポールだけの演奏といえば「マッカートニー」シリーズを思わせますが、それよりは圧倒的に音もよく、分厚くしっかりした仕上がりです。ポールのドラミングも、「下手だけどなんか上手い」のには変わりありませんが、昔のようなお粗末さは感じられません。淡々ながらもしっかりリズムを刻んでいます。曲の中心となっているのはピアノで、イントロからその存在感を見せています。そういえばこのアルバムのポールはピアノを好んで使っていますね。ギター主体の曲より多いのではないでしょうか。最後の音が最後の最後まで(ペダルを離すまで)生々しく聴こえるのが、このアルバムのテーマである「素のポールを見せる」のに成功しています。まるですぐそばでポールが演奏してくれているような、そんな感じです。左右から聴こえるアコギも序盤は大きく取り上げられていて、澄んだ音色が心地よいです。また、見逃せないのがベースライン。時に高音で歌うベースは、ポールがベーシストであることを再確認させてくれます。

 余計な装飾をすべて省いて、必要最低限の音だけで構成されたこの曲は、先述の通り「素のポール」を見せています。まるでポールの自宅をプライベートで訪れて、ポールが目の前でこの曲をピアノで演奏してくれたかのような(そんなことは現実不可能ですが)、そんな感覚すら覚えます。シンプルな演奏セットで、ポールの息遣いが分かるような演奏が、生々しく、みずみずしいままに録音されているので、より効果的に実感できます。これもゴドリッチのプロデュースがあってのことでしょう。ポールのセルフプロデュースでやったら「マッカートニー」シリーズの再来になっていたのかもしれませんから。

 そして演奏と共に「素のポール」なのが、何を隠そうポール自らのヴォーカルです。この曲でのヴォーカルは、シャウトもしていませんし、作ったような声もしていません。エフェクトも入っていないし、誰かの物まねもしていません。そこで聴くことができるのは真の意味で「ポールの声」なのです。一聴すれば(特にヘッドホンで聴けば)分かりますが、先のプライベート演奏会の想像図が思い浮かぶような、ポールが間近で歌っているような、何の仕掛けもないごく自然な歌声です。「裏庭の混沌と創造」ではこうした歌い方およびミックスの仕方が多用されていますが、この曲はその中でも一番でしょう。いやというほどポールの歌を聴いてきた人にとっても、思わずはっとさせられます。シャウトもしないし変な声もしない。まさにこれが本当のポール、「素のポール」なのです。こういう歌声をたくさん録ることができるようになったのも、年齢の影響もあるんでしょうね。シャウトが少ないのは少し寂しいですが、なかなか見せることのなかった素顔を見せてくれるポールのヴォーカルもいいですね。節の最後や、タイトルコールで登場するファルセットが美しいです。

 さてこの曲は、アルバム付属のDVDに収録されたポールのインタビューによれば、喜劇王として知られるチャップリンの作曲した『Smile』という曲にインスピレーションを受けて書いたそうです。チャップリンといえば、自ら監督した喜劇映画にあの独特の服装で主演したのはご存知でしょうが、曲も作っていたなんて驚きです。確かにこの『Too Much Rain』にもチャップリン的な懐かしさとやさしさが感じられます。ポールがその曲に影響を受けた名残りとして、冒頭の歌詞は“Smile,when your heart is filled with pain(微笑もう、君の心が痛みに満ち溢れた時)”となっています。この箇所に関してはもう1つ説があって、それはブライアン・ウィルソン(元ビーチ・ボーイズ)のアルバム「Smile」に影響されたのではないかというものです。どうやらこの曲のイントロがウィルソン風なようです。私は彼のアルバムを聴いていないのでなんともいえませんが・・・。'60年代には英国と米国でそれぞれ、お互いの音楽に影響され合いながら名盤を生み出していったポールとウィルソンですから、その説も嘘とは言えなそうですね。ひょっとしたら両方正しいのかもしれません。

 歌詞は、前者のチャップリンの影響が感じられます。つらいことがあったり、悲しみに包まれたりした人が自分の気持ちを隠しているのを暖かく励ます内容で、「たくさんの雨はもう来ないから、大丈夫」とハートウォーミングです。記憶によれば確かチャップリンの『Smile』が使用された映画はそうした人々を励ますようなものだったと思うので、ポールは曲のみならず映画にも影響を受けたのでしょう。前回紹介した『Don't Let It Bring You Down』もそうですが、こうしたやさしく励ますような詞作はポールらしく希望感にあふれていますよね。私が大好きな『With A Little Luck』も、そうしたポールらしいポジティブな歌詞でした。あ、『Hope Of Deliverance』もだ。本当にポールはポジティブでハートウォーミングな人ですよね。

 ・・・といったところでしょうか(汗)。まぁ特徴がないのがこの曲のいいところですから。さらりと通り過ぎてしまいそうな曲ですが、アルバムのテーマである「素のポール」を一番見せていると思います。1人で演奏して、本当にリラックスしたセッションだったんだなぁとしみじみ思います。シンプルですが、心ひかれる曲ですよね。去年末のアメリカツアーでは演奏されませんでしたが、ラジオ番組とかでは演奏しているようなので、ぜひ今度ツアーがあった時には演奏してほしいですね。

 ちなみにイラストは「裏庭〜」特集の時さんざん描いた柊つかさ@「らき☆すた」を再びピックアップ。このコラムを執筆した7月7日がちょうどそのつかささの誕生日だったので、ちょうどよかったですね。

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「ピアノメドレー」。いきなりマニアックになりますので、お楽しみに!!ちゃんと更新もしますので(汗)。

アルバム「裏庭の混沌と創造」。シンプルなアレンジが心地よい、今話題のポール最新作!!

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