Jooju Boobu 第128回

(2006.6.30更新)

Don't Let It Bring You Down(1978年)

 また更新が遅れ気味になってしまい、毎度期待している方には申し訳ないです(汗)。さて今回も、私のお気に入りのアルバムからの選曲です。前回の「プレス・トゥ・プレイ」と並んで私が大好きなポールのアルバムといえば、当サイトをごらんの方ならご存知の通りアルバム「ロンドン・タウン」です。バンドメンバーの脱退というゴタゴタの中作られたウイングス後期の作品ですが、ゆったりまったりした空気感で統一されていて癒される一枚です。

 その「ロンドン・タウン」より、今回はアルバム中もっとも「ロンドン・タウン」らしいといってもいい1曲を紹介します。今までこのコラムで紹介していない曲自体限られてしまいますが・・・そう、『Don't Let It Bring You Down』です。B面の最後から2曲目というかなり目立たない位置に収録されていますが、「隠れた名曲」的オーラも漂う、注目すべき1曲です。「ロンドン・タウン」期にポールと多くの共作を残したデニー・レインとの共作ですが、彼の素質がよ〜く表れた曲です。それでいて、ポール&デニーのサウンドにとどまらず、意外にもバンドサウンドになっているのも大きな特徴です。今回はこの曲の魅力を語ってゆきたいと思います。ちなみに邦題は「ピンチをぶっとばせ」。曲調の似ている1965年の某ビートルズナンバーにあやかったのでしょうが、変な邦題です・・・。邦題に許容性のある私でも少し違和感を覚えます。

 1978年に発表されたウイングスのアルバム「ロンドン・タウン」は、元々は絶頂期ラインアップの元で制作されていたアルバムでしたが、途中でジミー・マッカロクとジョー・イングリッシュの脱退があったため、残り半分は残留した3人(実質的にはポールとデニーの2人)で録音されました。そのため、バンドサウンドの曲とこじんまりとした曲が混じり合った作品となりました。しかし、全体を包むゆったりしたサウンドが統一感を成しています。惜しくも当時の音楽シーンには受け入れられずヒットしませんでしたが、現在では名盤として多くのファンに親しまれています。もちろん、私もポールの諸作では一番好きなアルバムです。

 このアルバムの大きな特徴の1つが、アルバムタイトルに象徴的に示されるように英国・アイルランド風の曲が多いこと。特に、それら地域の伝統音楽(トラッド)風のアレンジがされています。バグパイプバンドをフィーチャーした大ヒットシングル『Mull Of Kintyre(夢の旅人)』はその代表的な例です。こうしたトラッド風味の曲が増えた背景には、全米ツアーを成功させた後、本国イギリスを振り返って自らのルーツに立ち返ったというポールの母国への敬愛ぶりが挙げられますが、もう1つ忘れてはならないのはウイングスの「縁の下の力持ち」であったデニー・レインとの共作活動です。全米ツアー終了後、ポールはデニーのソロアルバム「ホリー・デイズ」を手伝っていたのですが、そのときに多くの曲を共作したそうです。そして共作された曲は次作である「ロンドン・タウン」に収録されたのです。先述の『Mull Of Kintyre』はもちろん、『London Town』『Deliver Your Children』『Children Children』といった英国・アイルランドの風味を取り入れた楽曲がこの時に生まれたのです。

 ただし、「共作」といっても厳密にはポールが作曲したものにデニーが作詞やアレンジにおいてアイデアを出したものが多いのが実情のようです。『Mull Of Kintyre』や今回紹介する『Don't Let It Bring You Down』も、ポールが予め作っていた曲だそうです(前者はデモテープの存在でそれが確認できる)。しかし、いくらアレンジのアイデアだけといっても、デニーがポールに与えた貢献は非常に大きいことを忘れてはいけません。トラッドに興味を持つデニーの作風が、この時期確かにポールの曲に影響を与えていたのです。もちろんポールもアイリッシュ的なルーツがあることからトラッド風の曲は簡単に作れてしまうのですが、ポールの目をトラッドに向けさせたのはデニーとの共作活動があったからに違いありません。ポールは共作をすることで相手の作風をうまく自分の中に消化してゆくのがよく見られますが、まさにこの時期、デニーとの共作を経てポールはトラッドの極意を学び取り、それを自分の音楽フィルターを通して会得していたのです。作曲はしていなくても共作者に「デニー・レイン」の名があるのは、極意を伝授してくれたデニーへのポールの最大限の感謝の表れでしょう。

 こうした一連の「マッカートニー=レイン」の楽曲の中で、特にトラッド色が濃いのが『Mull Of Kintyre』とこの曲です。どちらも3拍子のワルツですが、これは英国地方の音楽に昔から3拍子の曲が多いことを大いに反映しています。前者はスコティッシュ・ワルツであり、英国人の琴線に触れたことから大ヒットに至りましたが、後者もそれに劣らないアイリッシュ・ワルツです。同じケルト音楽風の『Children Children』はデニー主導の曲ですが、それを考えてもデニーのケルト音楽への興味がポール作のこの曲にアイリッシュのアレンジを与えたことが分かります(ちなみに曲自体は1975年にはできていた模様)。ポールも母方がアイルランド系ということもありケルト音楽の血が流れているので、元よりあったメロディにもケルトの匂いが感じられます。3拍子の曲もけっこう作っているのもそうですし、デニーがいなくても『Calico Skies』は立派なアイリッシュ・ワルツです。このように、ケルト音楽をよく知った2人が合わさって、極上のアイリッシュ・ワルツが誕生したのです。

 『Mull Of Kintyre』や『Calico Skies』が示すように、こうしたトラッド・ワルツは当然ながらアコースティック・セットによるシンプルかつ穏やかな演奏が成されるのが常です。そりゃあ、太古の昔にはエレキ・セットなんてないですからね。ポールもデニーもそれを分かっていますから、この曲でも案の定アコースティックな演奏が優先しています。曲のベースとなっているのがデニーの弾くアコギ。アコースティックな楽曲を作曲するのも演奏するのも得意なデニー、この曲でもしっかり味わい深い演奏を聞かせています。イントロをじっくり聴くと、息遣いまでも感じられそうです。途中から澄んだ音色になって大きくミックスされるのが印象的です。間奏のソロもきれいです。左右チャンネルから聞こえるので、もしかしたらポールも演奏しているのかもしれません。ジョーの演奏するドラムスもスネアを使っており、いつもの彼のような力強い演奏を控えています。フィルインもほとんど入れず、シンプルに3拍子をキープしてゆきます。そして、イントロとエンディングに使用されている高音の澄んだ音色を聞かせる管楽器は、リコーダーとフラジョレット。後者のフラジョレットはアイルランドの縦笛で、まさに地元そのものの音色。これでケルト風にならないわけがありません。さすがよく分かっていますな。哀愁漂う演奏はポールとデニーの2人(アルバム付属のポスターにデニーが縦笛を吹いている写真があります)。つまり、2本のリコーダーと2本のフラジョレットが使用されているわけです。その演奏からは、緑あふれる高山の景色を思い浮かべます。少し南米はアンデスの風味が混じっているのがまた面白いところですが・・・(汗)。いずれにせよ、トラッド風であることは確かです。こうしたアコースティックなアレンジが、否応にもトラッドムードを高めているのです。

 しかし、ここで意外にも現代的なエレキ・セットが1つ使用されています。それは、ジミーの弾くエレキ・ギター。よく聴くと、音をひずませたプレイが、イントロの途中からエンディングに至るまで、休むことなくひたすら続いているではないですか!ずっと弾きっぱなしです。トラッドに似つかわしくない、いかにも現代の利器のエレキギターによる演奏が、しかもほとんどのパートで鳴りっぱなしとなると、雰囲気をぶち壊しているかのようですが、それがそんなことが全くないのですから不思議です。その証拠に、一聴してこの曲でエレキギターが演奏されていると思った人がどれくらいいたでしょう?注意深く聴いていないと、周りの音の雰囲気と同化して聞き落としてしまうことでしょう。逆に、アコギでは物足りないバックのメロディを付加している面があります。そして、あのひずんだ音がどうにも地味でケルトっぽくてトラッドっぽいのです。奏でている楽器は紛れもなくエレキなのに。この曲は「ロンドン・タウン」セッションのうち、5人が揃っていた洋上セッションで録音されましたが、こうした所でさりげなくバンドサウンド色を出しているのが実に面白いです。この曲なんかは別にバンドでやらなくても、1人でも成り立ってしまいそうですが、そこをあえてジミーにエレキギターを弾かせてバンドの曲としておきながらも、トラッド風味を壊していない・・・ここまで計算したのはきっとポールですね。ジミーも、その期待に簡単に応えてしまうのですからこちらの腕前も感嘆に値するものがあります。ポール&デニーがことさら強い時期においてもバンドサウンドを大切にする。ポールにとってこの絶頂期メンバーはそれほどかけがえのないものだったのですね。ジミーとジョーの脱退後録音された『Deliver Your Children』も、ジミーがいたらどんなエレキギターソロを弾いていたか興味があります。

 ヴォーカルでもポールとデニーの息の合い方が伝わってきます。リード・ヴォーカルはポールで、最初だけを低音で、残りを高音で歌っています。こうしたアレンジは『Country Dreamer』などにも見られるポールお得意の方法。ちなみに低音部でポールは全曲中一番低いキーを歌っているそうです!確かに、非常に低い所まで下がっている気がしますが、これを調査した人はよく全曲調べられたと感心します。高音部は、ポールのファルセットが堪能できますが、一瞬デニーの声かと思ってしまうくらい似ています。ていうか私は今回聴くまで“Should the sand of time・・・”の部分のヴォーカルをデニーかと思っていました(汗)。でも今よく聴くとポールにも聴こえます。うーん、どっちだろう・・・。ここでも共作者のスタイルに似せるポールがいます。中盤から最後までのポールとデニーのデュエットは美しい調べとなっています。それはケルトの美しい景色をほうふつとさせるかのよう。“how it goes”の部分で長く伸ばすのが印象的です。歌詞は、タイトルの通り「悪い方向に考えないで」と、落ち込む人を励ます内容です。ヴォーカルのようにやさしく元気付けてくれます。詞作にもアイリッシュくささが感じられます。詞作にはデニーの手が入っているようで、それが原因かもしれません。“sand of time”とか“price you have to pay”辺り特にそう感じます。

 この曲は『Mull Of Kintyre』と並んでポールとデニーの共作が生んだ大きな功績の1つといえるでしょう。トラッドに関心を持つ2人が知恵を出し合って生まれたこの曲は、2人のトラッド的才能がよく生かされています。ポールの体に染み付いた伝統的な美しい3拍子のメロディ、ケルト音楽の特徴・カラーをよく踏まえたアコースティックな演奏、そしてやさしく心を包み込む美しいハーモニー。さらには異質な音までもトラッドらしくアレンジしてしまう。アルバム自体やアルバムでの位置が地味なので知られることが少ないですが、いわゆる「隠れた名曲」としてもよいのではないでしょうか。私がポールなら「ウイングスパン」に『Girlfriend』とトレードして入れていたはずです。アルバム「ロンドン・タウン」の時期に、ポールがどんな作風でどんな音楽活動をして、ウイングスはそれにあわせてどんな演奏をしたのか・・・すべてをこの1曲で知ることができます。この曲が好きなら「ロンドン・タウン」にはまるでしょうし、この曲が嫌いなら「ロンドン・タウン」は好きになれない・・・それくらい象徴的な曲なのです。残念ながら(そして当然ながら)ポールはライヴで演奏していませんが、ぜひ聴いてみたいですね、もちろんデニーと一緒のステージで!・・・無理でしょうかねぇ。デニー単独だったら、もしかしたら演奏してくれるかもしれませんが・・・。

 終わらせるのが早い気もしますが、これでこの曲の紹介を終わります。ぜひ聴いてみてください。アルバム自体もとってもお勧め!

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「雨」。お楽しみに!!なお、番外編も今回同時公開の予定でしたがイラストができていないのでまた後日(汗)。

アルバム「ロンドン・タウン」。デニーとの共作5曲(+『Mull Of Kintyre』)を含む、英国・アイルランド風味漂う一枚。ゆったりまったり癒されてください。超お勧め!!

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