Jooju Boobu 第127回

(2006.6.23更新)

Stranglehold(1986年)

 今回紹介する曲は、前回の『Live And Let Die』に比べるとずいぶんマニアックな曲です。それは当然、ポールが不調だった時期の曲ですから。それも、一般的に「駄作」のレッテルを貼られてしまったアルバム「プレス・トゥ・プレイ」(1986年)の曲ですから。しかし、このコラムをずっとお読みになっている方なら耳にタコができるかと思いますが、「プレス・トゥ・プレイ」は当時のチャートの不振さやポール自身の拒否反応ほどに悪いレヴェルのアルバムでは決してありません。「プレス・トゥ・プレイ」をこよなく愛する私はそう主張します。確かにポールらしからぬ'80年代風味付けをした曲はポールの音楽史で異色と呼べ、リズム主体のアレンジに拒否反応を示すファンの気持ちもある程度理解できます。ですが、先入観を取り払って聴けば、そこにはいつものポールらしいポップやバラードが転がっていますし、いつも以上に張り切っているポールの創作意欲あふれたまなざしが感じられるのです・・・と、「プレス・トゥ・プレイ」の曲を紹介するたびにいちいちこう弁護しているのがファンとしてはとても悲しいです(涙)。

 一言で言えば「駄作どころか究極の意欲作」である「プレス・トゥ・プレイ」なのですが、その中でも拒否反応を示すファンの間でも(それでも中級以上のファンの間でですが)人気なのが、一連のロック・ナンバーです。「ポールのロックはかっこいい!」と改めて思わせてくれる曲がいくつか収録されているのです。『Move Over Busker』『Angry』・・・そして今回紹介するこの曲・『Stranglehold』。1979年の「バック・トゥ・ジ・エッグ」や2001年の「ドライヴィング・レイン」といったように、当時の最先端の音楽を取り入れた時に張り切ってロックするポールですが、「プレス・トゥ・プレイ」期では'80年代のスタイルをまともに受けたエレクトリック・ポップの味付けこそされているもの、いつも以上にロックな音を聞かせ、シャウトをするポールが堪能できるのです。先入観でしか曲を測ることのできない人には分からないこの魅力。今日は、「プレス・トゥ・プレイ」の曲でもファンの間で人気の高い『Stranglehold』を語ります。

 ポールは偶然にも、その当時の最先端の音楽に飛びつくことでいつも以上にロックしたことが3度あります。先述の1979年、1986年、2001年がそうで、理由こそ違うものの前作が彼らしいポップやバラードを中心にすえた「軟派」なアルバムになっています。「エッグ」の時はメンバー増強による新生ウイングスの誕生、「ドライヴィング・レイン」の時はリンダさんの死が、そして「プレス・トゥ・プレイ」の時は軟派なアルバムの相次ぐ失敗が、ポールを最先端の音楽に目を向けさせることとなります。ポールは何かしらの事件があり、ひとつの区切りをつけたい時に、当時の流行に飛び乗って心機一転「硬派」に生まれ変わっていったのです。ポールの歴史に何度か見られるこの流れは、ポールのライフワークなのかもしれません。

 そして決まって、こうした流行に乗った硬派なアルバムはポールの意欲とは裏腹に「失敗」に終わります。「プレス・トゥ・プレイ」の時を挙げれば、売れっ子プロデューサーのヒュー・パジャムを迎えて'80年代サウンド満開のアレンジを加え、エリック・スチュワート(元10cc)をパートナーにして共同作曲・共同活動をして、ピート・タウンゼントやフィル・コリンズまで録音に参加させたのにもかかわらず、チャートでは不振に終わったどころかファンにすら嫌われ歴代最低の記録を残してしまう結果に。ますますポールの悩みを増幅させ、活動を停滞させてしまう要因になってしまいました。そしてアルバム発売から20年経つ今となっては「ポール史上最悪の駄作」のレッテルを貼られ、聴かずして先入観だけで悪名を語られ、挙句の果てに制作したポール本人からその存在を否定されてしまった不運の一枚です。

 とはいえ、その「失敗」とはあくまでも当時の、主にチャート上での失敗を指すのであり、「バック・トゥ・ジ・エッグ」がそうなように時が経つにつれ徐々に見直されてゆくのです。今『Getting Closer』や『Rockestra Theme』を駄作と呼ぶ人がいるでしょうか?皆さん「エッグ」の当時のチャート不振に驚いてしまうでしょう。そう、当時は先に行過ぎて保守的なファンに敬遠されても、時代が経てば「意外にもいいじゃん」→「なぜこれが駄作?」になってゆくのです。「プレス・トゥ・プレイ」も、当時はその斬新さが嫌われましたが、あと10年ほどしたら「隠れ名盤」になっているでしょう!

 と一般論から入ってきてしまいましたが、このような法則により「プレス・トゥ・プレイ」には当時の流行スタイル(='80年代サウンド)の影響を受けつつも、ポールの意欲が感じられる曲が非常に多いのです。特にシャウトする姿がかっこいいロックナンバーは、「硬派」ポールの魅力が傑出した最高のマスターピースといえるでしょう(もちろん「PTP」マニア的にはどの曲もマスターピースですが)。どんなに『Talk More Talk』や『Pretty Little Head』が嫌いでも、これだけは「かっこいい!」と思ってしまうでしょう。『Getting Closer』や『Driving Rain』のかっこよさのように、最高にいかした曲が知られずに眠っているのです。

 『Stranglehold』は、この時期に数多く作られたポールとエリック・スチュワートの共作曲で最初にできた曲で、「プレス・トゥ・プレイ」収録のロックでも一番落ち着いた感じです。アルバムの冒頭に収録されていますが、徐々にロック色を強めてゆくという構成が効果的です。リズムには少しブギーの要素も入っています。'80年代サウンドを思わせるのは、なんといってもドラムスでしょう。力強さはもちろん、打ち込みによると思われる補足的な「パシッ」とした感じのビートがいかにも'80年代です。ドラムパターンは場所によって次々と変わってゆき、フィルインも力強く、リズム主体といった印象を強く持ちます。'80年代の香りはミキシングに大きく表れていて、エコーを使った独特の空気感が当時の最先端を行くデジタル的な雰囲気です。コンソール・ルームでパジャムのアイデアを受けながらポールが次々に特殊効果をかけてゆく様子が目に浮かんできそうです。「「PTP」のロックで一番派手でないのがこの曲ですが、逆にこの曲が一番'80年代を感じさせる音作りになっています。

 しかし、ストレートなロックであることを意識したことからか、『Pretty Little Head』や『However Absurd』といった曲に比べると圧倒的にデジタル音の色が少なく、オーバーダビングも最低限に抑えられています。そして、エコーよりも耳に残るのが迫力ある紛れもないロック・サウンドです。先のドラムスが力強いことで、硬派なセンスがいつも以上に強調されています。驚いたことに、使用されているギターはアコースティック!ここでもデジタル音とは遠くかけ離れていることの証明となっています。しかもアコースティックだからといって決して柔らかくならず、あくまでクールで硬派の演奏になっているのが興味深いです。この意表のつくアレンジが、アルバムの冒頭からリスナーをぐっと引き込ませる役割を十二分に果たしています。これに対する形でエレキギターも入っています。こちらもかっこいい演奏です。それに低音を生かしたベースを加え、3つのギターが異なる趣の音色でかっこよさを競っているのです。メインとなるキーボード類が全く入っていないので、余計に「ギターサウンド」といった感じです。キーボードはエンディングなど音を濃くするために限定的にシンセが使用されているだけです。

 そしてもう1つこの曲のカラーを決めているのが、ブラス・セクションです。これがもう1つの「いかにも'80年代」です。ただ、「プレス・トゥ・プレイ」収録曲には意外なほどまでにブラス・セクションをフィーチャーした曲が少なく、『Only Love Remains』『It's Not True』といったAORバラードに集中しているのは驚きに値します。ロックではこの曲と『Spies Like Us』が'80年代風に導入しているのみです。この曲のブラスは実に渋い感じで、これまた硬派な印象です。中でもメインがサックスで、途中途中ではソロも演奏しています。特にサビ部でのソロはかっこいいです。特に特に、2度目のサビのソロは必聴です!!どこまでも飛んでゆくような高音は鮮烈なイメージを与えてくれます。'80年代サウンドにクールなサックスというのは常套句ですが、それがうまくポール流にはまったのがこの曲でしょう。

 このサックスと並んで必聴なのは、やっぱりポールのヴォーカルです!落ち着いた感じから徐々にロックしてゆく構成の話をしましたが、ヴォーカルもそれにのっとっています。第1節の出だしは後述する跳ねるようなメロディをそのまま受けたかのような、控えめでユニークな歌い方をしています。これを聴いて変てこな曲かな?と思っていると、だんだんポールの声に力がこもってきます。「おっ、これは?」と思っていると“I'll wait,I'll wait”の部分からついにポールはシャウト混じりになって、サビでついにロック魂を爆発させ、「ポールがロックしている!」と感動するというわけです。そのヴォーカルからは、軟派路線で失敗したので硬派で見返そう・・・というポールの計画を思わせます。ヴォーカルにもエコーがかかっていて、'80年代ぽくなっています。

 「プレス・トゥ・プレイ」は、あまり知られない事実ですがサウンドのみならず詞作の面においても実験的な試みがなされました。悪く言えばポールらしくない詞作というわけで、『Only Love Remains』の大仰な愛の歌も一部のファンは嫌う所です(私のような大ファンからしては悲しいけど・・・)。それよりも鮮烈なのが、ナンセンスな詞作です。ジョン・レノンを意識した『However Absurd』はもちろん、『Talk More Talk』や『Pretty Little Head』にもそれが垣間見れます。そして、この『Stranglehold』も曲からは想像がつきませんが、詞作は全く意味を成さないナンセンスなものなのです。ラヴソングっぽいのですが、意味がつながりません。

 ポールはこの曲の詞作について「リズミカルな言葉、ボンゴのようにアクセントになる言葉を使って仕上げていった」と語っていますが、歌詞の内容よりもその発音の軽快さ・韻の上手な踏み具合を優先して書かれているように思われます。そのおかげで、非常に響きのよい文章が並んでいます。痛快さすら感じてしまう整頓具合です。タイトルの「Stranglehold」も「束縛」という意味で、これも発音で選ばれたものでしょう。メロディもその語感の響きを楽しむかのような、跳ねるようなものになっています(特に出だし)。きっとポールとエリックは「何か実験的なものを・・・」と思ったのでしょう。一見普通のロックに見せておいて、こうした詞作・メロディの効果を入れている所に彼らの冒険精神とメロディ・メイカーぶりが感じられます。

 さてこの曲は『Press』に続いてシングル発売されました。ただし、米国と日本でのことで、英国ではなぜか『Pretty Little Head』をシングルカットするという暴挙に出ています。この曲をシングル発売、というのはとっつきやすくロックな曲だけに正解だったとは思いますが、アルバムでさえ不振に終わっているわけですから当然ながらヒットせず。米国では最高81位という散々な結果でした。アルバムの異様ぶりに驚いてしまった一般リスナーそして往年のファンの買い控えが起きたのです。あの『Only Love Remains』が売れないのですから、それほど一同に与えたショックは大きかったのです。もしこの曲を先行シングルにしていたら、あるいはこの曲もそこそこヒットしていたのかもしれません。デジタル音や打ち込みが控えめですからね。

 そして、シングルの宣伝のためにプロモ・ヴィデオも制作されました。サックスを吹く少年が、クラブで演奏するポール一行と共演を果たすという夢のようなストーリー展開がされるのですが、冒頭には『Move Over Busker』がちらりと登場しています。また、少年のサックスは生録りされていて、アルバムとは全く違う演奏です。プロモでしか聴けない、レアな音源なのです。ちなみにこのプロモは米国・アリゾナ州の「キャクタス・クラブ」という場所で撮影されていますが、プロモの撮影と共にポールは演奏者たちとシークレット・ギグを行っていて、その音源はブート盤で聴くことができます。ブラス・セクションも参加した、ポールとしては異色のライヴ音源ですが、この曲のほかにもスタンダードナンバーの『Tequila』や、ウイングス時代の1971年にカヴァーした『Love Is Strange』の全くアレンジの違うヴァージョンなどが演奏されていて興味深いです。プロモの方は公式ヴィデオ「Once Upon A Video」に収録されていました。

 この曲は、「プレス・トゥ・プレイ」の曲の中ではとっつきやすいかと思います。余計な装飾や派手さがない分少し地味ですが、ロック色が濃く出ていてかっこいいです。ちなみにブートに収録されているこの曲のアウトテイクはエコーなど特殊効果を加える前のさらに初期段階が収録されています。こちらも非常にクールな出来栄えで、機会があれば是非聴いてみてくださいね。サックスソロや歌い方も違っています。ライヴ映えする曲で、ポールにはぜひライヴでやってもらいたいですね。ただ、「プレス・トゥ・プレイ」を人生の汚点と見ている現在のポールがやる確率は非常に低いのが残念ですね・・・。とにかく、この曲を聴けば「プレス・トゥ・プレイ」が機械的なサウンドばかり目に付くポールらしくない駄作、という考えがいかに誤っているか認識できるかと思います。ぜひこの曲を聴いて改心してください(爆)。

 あ、そういえばそういえば!ついにこの曲で「プレス・トゥ・プレイ」全曲を紹介してしまいましたよ!厳密にはリイシュー後のボーナス・トラック(1987年のシングルの「あの曲」)を紹介していないのですが、本編はCD版13曲全曲制覇です!!さすが私が大好きなだけあります。ちなみに「Jooju Boobu」で全曲を紹介しつくしたアルバムは、まだこの「プレス・トゥ・プレイ」だけです。私の大好きな某「LT」や、まだ1曲しか紹介されていない某「OTG」はいつ全曲制覇になるのでしょうか・・・。

 さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「アイルランド民謡」。時間があれば番外編もやります。お楽しみに!!

  

(左)当時のシングル盤。米国・日本で発売された。ちなみにB面は『Angry』のリミックスで未CD化。

(右)アルバム「プレス・トゥ・プレイ」。ポールが'80年代サウンドと硬派ロックに飛びついた影の名盤!!どの曲もお勧め!(管理人は本作の熱烈なファンです)

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