Jooju Boobu 第125回
(2006.6.11更新)
Keep Coming Back To Love(1993年)
今回でいよいよ「オフ・ザ・グラウンド・コンプリート・ワークス」特集はおしまいです。1993年のアルバム「オフ・ザ・グラウンド」の時期にシングルのみに収録された佳曲の数々を、私のお気に入り順に紹介してゆきました。思えばほとんど語りつくしてしまったと思います。ただ、逆を言えば今回の特集で語ることのなかった曲もあるのですが・・・(苦笑)。それは私のお気に入りではない、ということになります。そして最終回となる今回の曲も、私のお気に入り度はこれまでよりぐんと下がります(汗)。今回は『Keep Coming Back To Love』です。これまたアルバム未収録という事実が不思議な曲なのですが、なんといってもこの曲はヘイミッシュ・スチュワートとの共作が注目される所です。当時のポールのツアーバンドの一員だったヘイミッシュとの間でどんな曲が生まれたのか語ってゆきます。
ポールは、1人でも素晴らしい曲をたくさん書いてしまうのは、何を今さら、といった感じでしょう。しかし、他の誰かと一緒に曲を作る、つまり共作をするとまた違った魅力が表れることがあります。そしてポールの場合、共作相手の長所をうまく生かしつつも自分らしさを出した共作曲に仕上げてしまうのです。常のポールとは少し違った味わいのある、でもメロディアスさやポップ感覚はいかにもポールらしい曲ができるのです。
ポールがこれまでに共作してきた人物は数多くいます。代表的な例を挙げれば、ビートルズ時代のジョン・レノン、ウイングス時代のデニー・レイン、'80年代のマイケル・ジャクソンやエリック・スチュワート、そしてアルバム「フラワーズ・イン・ザ・ダート」でのエルビス・コステロなどです。この中ではジョンやコステロはポールと正反対の作風ひいては性格を持った人物で、その両極端な要素が1曲の中でぶつかり合う時がなんともいえない魅力でした。デニーやエリックはその逆にポールによく似た作風を持った人物で、ポールを尊敬する立場にあってポールの曲のポップさを際立たせる役割を果たしました。
さて、今回紹介する『Keep Coming Back To Love』といえば、ヘイミッシュ・スチュワートとの共作曲です。ヘイミッシュは、'70〜'80年代にアヴェレージ・ホワイト・バンドの中心的メンバーとして数々のソウル音楽を世に送り出していました。ポールのアルバムに参加したのは「フラワーズ・イン・ザ・ダート」が初めてで、このセッションですっかりポールと打ち解けた彼は『The First Stone』(アルバム未収録)という曲を共作しています。アルバム発売後の「ゲット・バック・ツアー」にもギタリストとして参加。そして、次作「オフ・ザ・グラウンド」とその後のワールドツアーにも参加したのでした。その過程で登場したのが、『Keep Coming Back To Love』です。ちなみにヘイミッシュはその後、ポールの活動から離れ、2000年にはソロアルバムを発表しています。
ヘイミッシュはファンキーでソウルフルな作風が持ち味ですが、この曲でもそれが表れています。どちらかといえば、ポールよりヘイミッシュの作風の方が濃いといえるでしょう。リズムは極めて単調なミドルテンポのソウルですが、どこか力強さがみなぎっています。一方のポールらしさは、メロディアスでポップなメロディで顔を覗かせています。ヘイミッシュ色が濃くても「オフ・ザ・グラウンド」時期の曲から浮いていないのは、ヘイミッシュの色を出しながらもポールらしく纏め上げる、ポールの共作方法にあるからでしょう。それぞれの個性を認め合いながらも、どちらかに偏らないからこそ、和気あいあいと共作ができるわけです。
曲の冒頭は、スローなピアノソロから始まり、「バラードか!?」と思わせます。しかしすぐに、シンセ音が入ってその望みを打ち砕きます。そして先述した単調なミドルテンポのビートが入ります。バッキングも非常にシンプルで、アトモスフィア的なキーボードと、右チャンネルで心地よく響くアコギがメインです。第2節以降は左チャンネルにエレキギターも入りますが、アコギの響きを重視しているのは、当時のこのバンドのアンプラグド志向の影響でしょう。ちなみにアコギがヘイミッシュで、エレキがロビー・マッキントッシュです。ビートが単調に進行してゆくので、少しスカスカな感じもしてしまいます(汗)。ちょうど『Talk More Talk』に似た物足りなさです。まぁあれよりはリズムとバッキングがばらばらになっていませんけど・・・。タイトルが出てくるサビの部分では、ドラムレスな力強いアレンジになり、ヘイミッシュのソウルフルさが強調されています。間奏ではファンキーで少し変な音のエレキギターソロが入っています。エンディングは冒頭のシンセ音が再登場し、それが繰り返されながらバッキングがだんだん減ってゆき、フェイドアウトしてゆきます。さっきも言いましたが、単調な面も否めませんが、そこはバンドの生演奏による力強さでなんとか挽回しています。ヘイミッシュのソウルフル路線のおかげで曲全体に力強さが流れているので、それでもカヴァーしています。
そしてなんといってもこの2人の共作だからこそ堪能できるのが、ポールとヘイミッシュのツイン・ヴォーカルです!ポールの共作曲では、作風の違いのみならず違った声質が出会って新たな魅力を生むのです。この曲の場合は、ヘイミッシュのソウルフルな声質が入ってくることで、いつものポールの曲より深くソウル的要素が感じられます。ポールとヘイミッシュはこの曲のほとんどのパートを2人でハモりながら歌っています。ポールよりヘイミッシュの声の方が目立っていますが・・・。どの部分もきれいにハモっていますが、やはり間奏に突入する直前のタイトルコールを、ずーっと伸ばしてゆく所が魅力的ですね。後半では一瞬ヘイミッシュの単独ヴォーカルが表れますが、ポールよりもずっと太くてソウルフルな歌い方なのがお分かりでしょう。ポールとヘイミッシュが主役ということで、他メンバーはコーラスに参加していません。この曲はコーラスも印象的なのが多く、サビの後ろのハミングや、エンディングの“Keep coming,keep coming to・・・”の繰り返しが印象的です。
歌詞には、ポールとヘイミッシュの共作の様子をうかがい知れる面白いエピソードがあります。ポールとヘイミッシュがアイデアをいろいろ出し合って曲作りをしていた時、どうしても歌詞だけが思い浮かばなかったそうです。そこでヘイミッシュはLAから英国にいるポールに電話をかけて相談をします。ポールが「歌詞はどうしようか?」と聞くとヘイミッシュは「それが思いつかなくて。結局、ラヴソングになっちゃうんだ(keep coming back to a love song)」と答えたそうです。するとポール、「それだ!『Keep Coming Back To Love』という曲にしよう!」と即座に答えたそうです。何気にヘイミッシュが答えた返事と、ポールの直感によって、この曲の歌詞は決まったのでした。こういう何気ない偶然から生まれる共作もある、ということを教えてくれるエピソードです。そして結果的に、この曲の歌詞はれっきとした「ラヴソング(love song)」となったのでした。
和気あいあいとした共同制作を経て誕生したポール&ヘイミッシュのこの曲は、なぜかアルバムには収録されませんでした。選曲はメンバーや関係者の投票で決められたそうですが、唯一ポール以外のメンバーの筆が入っているこの曲がなぜ外されたのかは謎です。誰か、ヘイミッシュを疎んでいたのでしょうか(爆)。バンドのアルバム、ということを強調していたはずなのに・・・。結局シングル「カモン・ピープル」のカップリングにのみ収録されることとなったのでした。日本にいたっては「コンプリート・ワークス」が出るまで未発売だったのです。『The First Stone』もアルバム未収録でしたから、ポール&ヘイミッシュの共作は結局のところあまり目立たずに終わってしまいました。
しかし、ポールとヘイミッシュそれぞれの作風の長所をバランスよく取り入れたこの曲は、2人の魅力と、2人の相性のよさを十分感じられます。若干物足りなさはありますが、それでも現行のアルバム本編収録曲の何曲かよりいいできだったりします。アルバム未収録というのがもったいないです。'89年〜'93年のポールを支えてきたツアーバンドのメンバーの中でも特にポールとのパートナーシップを濃厚にしたヘイミッシュは、間違いなくこの時期のポールにとってなくてはならない人物だったのです。その彼と一緒に活動した成果がこの曲に表れているのです。他のアルバム未収録曲と同様、ぜひ一度聴いてみてください。2人のハーモニーがとてもきれいにきまっていますよ。
あまり語ることがないので今回はここまでにします。そしていよいよ次回からは通常の、私のお気に入り順にポールの様々な時代の曲を紹介してゆく構成に戻ります。次は第10層。全部で12曲(+番外編1曲)を予定しています。以前に比べてだんだん私の興味が薄くなっているのが実感できますが(汗)、それでも「まだ紹介してなかったの!?」と思うような曲もあります。ちなみにシングル曲が3曲で、うち1曲はベスト盤収録曲です。
さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「ライヴでの定番曲」。ひさしぶりに1993年以外の曲です。お楽しみに!!
(左)シングル「カモン・ピープル」。日本では収録もれになっていました。
(右)限定版アルバム「オフ・ザ・グラウンド・コンプリート・ワークス」。アルバム未収録曲の質の高さに感動してください!