Jooju Boobu 第124回
(2006.6.08更新)
Cosmically Conscious(1993年)
前回までに引き続き、アルバム「オフ・ザ・グラウンド」時期のシングルのみに収録された佳曲を紹介します。しかし今回紹介する曲は、実はアルバム本編に収録されているのです!・・・とくればお分かりでしょう。そう、『Cosmically Conscious』です。アルバムのラストナンバー『C'mon People』の後にシークレット・トラックとして収録されている、あの曲です。シングルでは、それを完全版で聴くことができるのです。この曲、アルバムで聴くとなんだか奇妙な、すぐ終わってしまうインパクトのない曲にしか聴こえないことでしょう。しかし、完全版はその考えを大きく覆すような楽しさにあふれています。実はこの曲こそ、「オフ・ザ・グラウンド」セッションの全曲で一番異色といっても過言ではない曲なのです。異色さと楽しさの理由は、ポールがこの曲に与えたテーマにあります。その辺を中心に語ってゆきます。
ポールがこの曲に与えたテーマは、この曲がいつ作られたかでよく分かります。というのも実はこの曲、他の「オフ・ザ・グラウンド」時期の曲とは作曲された時期が大幅に異なるのです。それもなんと1968年、つまりポールがまだビートルズの一員だった頃なのです!1968年といえば、ビートルズはジョージ・ハリスンの勧めでインドへ瞑想を習いに旅行に行っていました。ビートルズの瞑想旅行といえば、導師のマハリシと彼に幻滅したジョン・レノンがもめたのは有名な話ですが、その時に多くの曲が作曲されたのも同時に重要な事件でした。インドで書かれた曲は、ほとんどがその年のアルバム「ザ・ビートルズ」いわゆる「ホワイト・アルバム」に収録されました。ポールも持参したアコギで『Blackbird』『Mother Nature's Son』『I Will』などを作っています。『Mother Nature's Son』のように、インドの自然や教義に影響された曲もあります。
しかし、この時期に作られたもののお蔵入りになってしまった曲もありました。他のビートルズのメンバーでいえば、ジョンの『Mean Mr.Mustard』『Polythene Pam』(1969年、アルバム「アビー・ロード」収録)や、ジョージの『Not Guilty』(1979年、アルバム「慈愛の輝き」収録)などがそれに当たります。ポールも例外ではなく、初のソロアルバム「マッカートニー」(1970年)に収録された『Junk』も、インド滞在中に書かれた曲だったのです。そして、この『Cosmically Conscious』は、そのインド滞在中に作曲されながらも、ビートルズでもウイングスでも発表されず、作曲してから35年経った1993年にようやく日の目を浴びたのでした。まさに「お蔵入り」され続けた曲だったのです。
ポールがこの曲を忘れずにいられたのは、思いついたフレーズをその都度録音していたカセット・テープでした。ポールの作曲方法が垣間見れるその手法で、この曲も1968年にテープに入れられたのでした。こうしたテープをポールはアタッシュ・ケースにしまっておいて、何かアイデアが必要になった際に開けていたのですが、アルバム「オフ・ザ・グラウンド」セッションに入る前にポールはこの秘伝のアタッシュ・ケースを開けて久々にテープを一通り聴いたそうです。そしてその過程で、35年ぶりに引き上げられたのがこの曲だったのです。
しかし、ポールはあの頃に思いついたフレーズ以上のメロディは思いつけなかったようです。そのため、公式発表されることとなったこの曲は、一節を延々と繰り返すというポールにしてはきわめて単調なメロディ・構成の曲となりました。これも、同時期の他の曲とは違う点です(『Down To The River』もかなり単調ですが・・・もしかしてこの曲もアタッシュ・ケース出身?)。元々全く違う時期の曲を掘り起こしてきたのだから作風が違ってもおかしくないのですが、これほどまでに単調なメロディなのにはこうした理由があるのです。
さて、最初の話に戻って、ポールがこの曲に付与したテーマです。久々に開けたアタッシュ・ケースで発見したメロディに感動してしまったからなのか、ビートルズとしてインドに滞在していた頃のことを思い出したからなのかは不明ですが、ポールはこの曲にサイケデリックなアレンジをつけます。サイケデリックといえばちょうど'68年に流行していた音楽風潮で、ビートルズはその先陣を切って1967年には自分の音楽にサイケ世界を確立していました。そして、インド滞在が再びビートルズの音楽をシンプルさ・ロックらしさへ回帰させるきっかけになったのはご存知の通りですね。若干時期はずれますが、当時のサイケブームを匂わせるようなアレンジを、しかも徹底的にポールはこの曲に彩ってゆきました。
ポールがサイケ期のビートルズを再現したのは、この曲が最初ではありませんでした。1986年のアルバム「プレス・トゥ・プレイ」では『However Absurd』という曲を発表していました。この曲は、1967年のジョンの作風とりわけ『I Am The Walrus』の作風を取り入れた、自己パロディといってもいいような曲でした。しかし、曲自体が重苦しかったことや、アルバムが不振に終わったことで注目されずに埋もれてゆきました(「PTP」ファンからすると悲しい話ですが・・・)。代わりに、その翌年にジョージが発表した『When We Was Fab』の方がビートルズ・サイケを再現できていると好評でした。そのため、『Cosmically Conscious』はポールのサイケ再挑戦といえるものでした。今回ポールは、『However Absurd』で模倣したジョンの作風ではなく、ビートルズをサイケに彩ったもう1人、つまりジョージの作風に近づけました。サイケ期のジョージがよく作っていたのが、インド音楽。ポールは、インド音楽風の味付けによるサイケの再現にしよう!と考えたのです。ちょうどこの曲が作曲されたのもインド。まさにぴったりでした。
どのようなサイケ・アレンジが成されているか、曲の構成を追いながら見てみましょう。まずは力強いドラムソロから始まります。リズムはビートルズ流ラーガロック『Baby You're A Rich Man』にも似ています。歌が入るとまずはギター、ベース、ピアノがシンプルなバッキングを奏でます。どこかエスニックな音色に聴こえてしまうのは気のせいでしょうか。ヴォーカルのメロディがそう聴こえさせるのかもしれません。続いて第2節。ここで電気処理をしたコーラスが入ります。これは『I Am The Walrus』を意識しているのでしょう。『However Absurd』でもやっていた手法です。そして間奏で一気にインド風サイケが花開きます。インドの楽器のように聞こえる管楽器の伸びやかなメロディが印象的です。シタールは鳴り響くはオカリナは入るは、まさに典型的なインドサウンドです。第3節と、ブレイクを挟んだ次の間奏はそれまでとほぼ同じバッキングですが、タンバリンが入ってリズミカルで賑やかになっています。また、ノイズのようなものが入っています。ヴォーカルもシャウトが入ったりだんだんヴァラエティ豊かになっています。またブレイクがあって、電気処理を施した声でタイトルをしゃべります。ポールの頭の中には「サイケ=電気処理」という観念があるようです。さらにもう1節ありますが、ここまで来ると電気処理による声が様々入っていて混沌としてきます。そしてブレイク後、曲は一気に混沌とします。不気味なティンパニが乱打され、フルートが変なメロディを奏でるのは『Strawberry Fields Forever』のアウトロを意識していると思われます。そして誰かが“Take it”と話していますが、これは『Only A Northern Song』のアウトロにもありましたね。
これだけ見ても、徹底的にビートルズ・サイケのパロディが行われているのがわかります。まぁ当の本人のポールの手ですからね。『However Absurd』のせつない魅力も捨てがたいですが、こちらの方が楽しくパロディできていて、うまく当時の空気を再現できていると思います。インド風味とはいえ、ジョージのような本格派ではなく、あくまでもポールらしくリズミカルでメロディアスというのもいいですね。演奏はもちろん当時のツアーバンドのメンバーですが、ビートルズのサイケを心得ていますね。面白いことに、サイケ期のパロディなのに使用されている楽器はほとんどがアコースティックです。これは当時のポールとバンドがアンプラグド形式を好んでいた影響があるでしょう。もちろん、ポールがインド滞在中アコギ片手にこの曲を作ったということも無関係ではなさそうです。
さて、『Strawberry Fields Forever』のように混沌とした世界は、先の“Take it”の直後に晴れた空の下に出たかのように別の部分へ変わります。なにやらアコーディオンやハーモニカが懐かしい香りを漂わせ、「Yeah I know,said I know」と歌っているこの曲・・・実は『Down To The River』なのです!『Down To The River』は、念のために解説するとこの曲と同時期に録音された曲で、シングルではこの曲より先に発表されていた曲です。ここで聴くことができるのは、恐らくオリジナルには収録されていないもの(別テイク?)で、すぐフェイドアウトで終わってしまいます。なぜ最後に『Down To The River』が連結されているのかは謎です・・・。
シンプルなメロディと構成を、インド風サイケで彩ったこの曲ですが、歌詞も非常に単調です。「一緒に宇宙の問題を意識しよう/さあ私と一緒に/それは喜び」、たったこれだけです。「宇宙の問題」とか「それは喜び」とか、いかにも説教くさくてマハリシの顔でも出てきそうです。しかし、こんなに単調な歌詞にポールの願いが込められているのです。最近のこのコラムをごらんの方なら説明不要ですが、「オフ・ザ・グラウンド」時期のポールは環境問題や動物愛護に関してインタビューのみならず自分の音楽でも発言していました。この背景を考えれば、「一緒に宇宙の問題を意識しよう」とは「環境問題について考えよう」ということを含んでいるのはすぐ分かるはずです。この曲も、実は当時のポールが量産した環境ソングの一環といえるのです。1968年の段階で現在の歌詞があったのかは不明ですが、もしあったとしたらポールはテープを聴き直しているときに「これは今の僕の訴えたいことにぴったりだ!」とうれしがったことでしょう。この曲が35年ぶりに復活したのも、そこら辺に関係しているのかもしれません。もしかしたら歌詞はマハリシの講義に影響されたのかも・・・。
さてこの曲、厳密にはアルバム未収録曲ではありません。最初に述べたように、アルバム本編にシークレット・トラックとして収録されているのです。タイトルはクレジットされていませんが裏ジャケットには「and remember to be cosmically conscious...」と書いてあってこの曲の存在を匂わせています。『C'mon People』の後、数秒置いて始まるのですが、そこに収録されたのは約2分のエディット・ヴァージョンでした。完全版の1'15"〜3'03"をフェイドイン&フェイドアウトで抜粋したもの。これだけ聴いてもシタールやオカリナでインド風味だというのはなんとなく分かりますが、全体を聴くよりもサイケ色が薄れて聴こえる気もします。もちろん、完全版に比べればあっけないです。ちなみに、このエディット・ヴァージョンのフェイドアウト間際にはポールの声らしき語りが入っていますが、これは完全版にはありません。
アルバム発表後、この曲はリスナーの間で「謎の曲」となっていたのですが、その全貌はまもなく明かされます。シングル「Off The Ground」(アナログ盤・CD共)のカップリングに完全版が収録されたのです。完全版はさっきその流れを追ったばかり。真ん中にアルバム本編で聴いた部分が登場した時は、リスナーはその前後とのつながりに感動したことでしょう。そして、最後の意外な展開と『Down To The River』の登場。まめにポールのシングルを買っている人であれば、この完全版以前に『Down To The River』を聴いているのでいきなりの登場に「あれ?」と意表をつかれたことでしょう。
そして今、再びその全貌は闇に消え入っています。というのも、この完全版は現在入手困難だからです。シングル「Off The Ground」と、日独のみで発売された限定版「オフ・ザ・グラウンド・コンプリート・ワークス」にか収録されていなく、いずれも現在廃盤なのです。シークレット・トラックとして収録されたエディット・ヴァージョンは、アルバム「オフ・ザ・グラウンド」で現在も聴くことができ入手も容易です(最近再発されたし)。そのためこれから聴く人の多くはショート・ヴァージョンしか聴けないかもしれません。「あの曲の正体は一体・・・?」「編集された部分の前後が聴きたい・・・」と思いながら。全貌を知りたい方は、ぜひ「オフ・ザ・グラウンド・コンプリート・ワークス」を買いましょう。このコラムで何度も触れていますが、シングルのみで発表された佳曲をこれ一枚で集めることができます。探してみる価値ありですよ。
この曲でポールは、ようやくサイケ期ビートルズのパロディに成功したのでした。『However Absurd』が当時の心境もあってか物悲しさも感じられたのに対し、こちらは始終明るく、楽しげにレコーディングする様子が浮かんできそうです。また、サイケやインドといった味付けをしながらもポールらしさが感じられるのもいいですね。ビートルズを聴いている方にはぜひ聴いてもらいたいですね。ポールが後年あの時の雰囲気を再現するとこうなるんだよ・・・って。もちろん、完全版で聴くのをお勧めします。私もアルバム本編で聴いた時は「なんか面白そうな曲・・・」で終わっていましたが、完全版を聴いて好きになりました。シンプルながら飽きさせないアレンジです。個人的にはエディットのスタート地点でもある間奏部分と、後半の混沌としたパートが好きですね。
さて、いよいよ次回で長きに渡った「コンプリート・ワークス」特集はおしまいです。最後に紹介する曲のヒントは・・・「ヘイミッシュ・スチュワート」。お楽しみに!
(左)アルバム「オフ・ザ・グラウンド」。シークレット・トラックとして約2分のエディット・ヴァージョンを収録。
(右)限定版「オフ・ザ・グラウンド・コンプリート・ワークス」。完全版を収録。これから聴くならこちらがお勧め!!