Jooju Boobu 第123回

(2006.6.05更新)

Long Leather Coat(1993年)

 また更新が滞ってしまい申し訳ございません。なるべく木曜・日曜の週2回更新をしたいのですが、なかなかそうもいかない最近です・・・(汗)。

 さて、今回もおなじみ「オフ・ザ・グラウンド」時期のシングルのみに収録された佳曲の紹介です。今回は、シングル「Hope Of Deliverance」に収録された『Long Leather Coat』を紹介します。実はこの曲、前回紹介した『Big Boys Bickering』と並んで、一連の佳曲の中では珍しくファンの間で人気が芳しくない曲なのです。前回ちらっと触れましたが、実はその理由は前回も今回も一緒。歌詞が、曲の魅力を落としてしまっているのです。前回の『Big Boys Bickering』は、環境問題に取り組まない政治屋に憤慨したポールのメッセージ・ソングで、曲はのどかなカントリー調というなんとも不思議な取り合わせで、あまりにも怒りを込めた歌詞にファンが「ポールらしくない」と感じてしまう一面が見られましたが、今回の『Long Leather Coat』も、それと全く同じような現象が起きてしまっているのです。しかしながら、曲自体はポールらしさを感じられる面もあり、捨てたもんじゃないというのも、前回と今回で共通しています。今回は、先に人気のない理由である歌詞を、後半では本来の魅力である曲について語ってゆこうかと思っています。

 さて、いきなり問題の歌詞について切り込んでゆきます。まず言っておきたいのは、この曲はポールにとってひさしぶりのリンダさんとの共作だということです。「マッカートニー夫妻」の共作は、1971年のアルバム「ラム」以降、初期ウイングスにおいて多数見られました。といっても、リンダさんにれっきとした作曲能力が備わっていたかは疑問で、実際には『Live And Let Die』(リンダさんが中間のレゲエ部分を作曲したらしい・・・)などごく一部を除けば、コーラスやアイデアで貢献してくれた愛妻もクレジットしましたと考えるのが自然でしょう。いずれにせよ、この2人の共作は『Another Day』や『Band On The Run』など名曲も含めて'70年代の中期まで続きました。しかし、その後はポールがリンダさんを作曲クレジットに入れることはなくなりました。そしてこの曲で、約20年ぶりに「マッカートニー夫妻」の共作が復活したのです。そして恐らく、これが夫妻最後の共作だったと思います(違っていたらごめんなさい)。この曲にどのように、どのくらいリンダさんが貢献したかは不明ですが、「リンダさんがクレジットされている」ことは、歌詞を考える上で非常に重要なファクターとなってきます。

 というのも、この曲で歌われている内容は、ずばり動物愛護だからです。ポールが菜食主義になったのはリンダさんのおかげ、というのは知られることですが、ポールもリンダさんも共に動物愛護や環境問題について真剣に考えてきました。そしてポールは'80年代末より、ますます悪化してゆくこうした問題を世に提起するために、自分の曲で動物愛護や環境保護のメッセージを歌うようになります。それは、前回の『Big Boys Bickering』の時にお話したとおりです。その曲も、環境問題に取り組まない政治屋へのプロテスト・ソングです。それは、ポールの「環境を改善したい、問題を打開したい」という強い意志の表れでした。もちろんリンダさんもそう考えていました。『Long Leather Coat』のリンダさんのクレジットは、恐らく歌詞にあるのではないでしょうか。ポールが強いメッセージを歌詞に込める中で、リンダさんもいろいろアイデアを、自分の考えを出した・・・という感じで。その点で、'70年代の「共作」とはまた違う、そしてリンダさんの意義が強い共作なのです。

 歌詞では、『Big Boys Bickering』よりも直接的に、そして皮肉的に動物愛護を訴えています。キーワードはタイトルの「長い毛皮の上着」。つまりは、おしゃれで高級感ある毛皮の上着が、実は動物を殺して作り出された、人間が楽しむためだけの、いかに残虐な行為の賜物かをポールは伝えたかったのです。最近では「アザラシを密猟から守ろう!」ということでカナダに飛んで注目を浴びましたが、ポールの動物愛護はただ「かわいがる」だけのうわべだけでなく、動物を人間の残虐な行動から守ろうという確固たる考えに基づいたものなのです。「オフ・ザ・グラウンド」本編に収録された『Looking For Changes』も、動物実験に強い憤りを示したメッセージ・ソングです。

 さて、この曲でのポールの詞作のうまい所は、最後の最後になってその問題を切り出すという点です。歌詞はお得意の物語風で、孤独な女性が友人と思われる男性を誘うというストーリーです。その男性が、問題の長い毛皮の上着を着ているわけです。前半から中盤にかけては、男性が女性の家に招かれ、「パーティーを始めましょう」といかにも平和的で何の変哲もないラヴソングにも見えてしまいます。しかし、第3節においてそれとは裏腹の非常に辛辣なメッセージが女性の行動で示されます。なんと大胆にも、この女性は男性の上着に赤ペンキでスプレーしてしまうのです。急な雰囲気の変化に、リスナーは驚くと共にその女性をなんとも常識はずれな人!と思われることでしょう。一見非常識に見える彼女の行動は、実はポールが示した上着への「憎悪」の表れです。そして最後に彼女が肝となる一言。「さよなら、ベイビー。あなたを家に呼んだのは、長い毛皮の上着がただの獣皮だと教えたかったからよ」と。上着を汚された男性にとってはぐさっとくる一言だったことでしょう。この一節が、最後の最後に取って置かれたこの曲の言わんとするところです。非常に辛辣です。ここまで来ると「パーティーを始めましょう」という言葉に狂気すら感じてしまいます。でも、言われてみれば毛皮の上着なんてどんなに美しく着飾ったって所詮は獣皮なんですよね・・・と思い起こさせる一言でもあります。女性が吹きかけた赤ペンキは、獣の「血」を表したかったということも・・・。

 このように、一見普通の至福のラヴソングに見せかけて、毛皮の上着も優雅なひと時の豪華な小道具に見せかけて、実は毛皮の上着の背景には多くの動物の殺戮があるんだよ、と生々しい現実を、最後の最後で実に辛辣に見せ付けるという一連のストーリーの流れはさすがです。ポールの物語風の歌詞には普段は娯楽性が強調されているのですが、こうしたメッセージソングもなかなかうまく構成しています。もちろん、韻も踏んでいるのですからこれは相当の努力あってこその最大限の辛辣な批判といえるでしょう。

 しかし、こうしたポールのメッセージは彼の思う通りには浸透しませんでした。別に密猟家たちに反対運動を起こされたわけでもないし、上着メーカーに怒号を浴びせられたわけでもありません。もっと身近な所から「ノー」を突きつけられてしまったからです。言うまでもなく曲を鑑賞するリスナー、特にポールのファンです。ただでさえ悪く言えば過激で、不快感を覚えるようなメッセージで、「毛皮の上着を着て何が悪いの?何もそこまで憎悪しなくても・・・」と思ってしまうような歌詞なのに、それがポールの曲で起きていることに、リスナーは抵抗感を示したのです。そう、ポールにとっては大迷惑な「ステレオタイプ的なポール像」です。ビートルズ時代より主にラヴソングを歌い続け、メッセージソングを歌うことがほとんどなかったポールは、いつしかそれとは逆のイメージが植わったジョン・レノンと比較されて「ラヴソングの似合う男」に仕立て上げられきたのです。そのポールがいきなり上着に憎悪を示す動物愛護ソングを歌うのですから、拒否反応が起きても仕方ないことでしょう。誰しもが「ポールにメッセージソングは似合わない」と口にし、ちょっと引き下がっても「あそこまで辛辣だとポールらしくない」と決め付けているのですから。残念ながら、ポールが曲で表現したいことと、ファンが求めるポール像の間には大きな食い違いが起きていたのです。この時期のポールは楽曲やアルバム、コンサートツアーにおいて盛んに動物愛護を訴えていましたが、それが空回り気味に終わったのもそういったところでしょう。

 これは前回の『Big Boys Bickering』にも当てはまる現象ですね。ポールがメッセージソングを歌えば、意に反してファンから拒否される。そして現在もこの曲はファンの間で「ポールらしくない」「好きになれない」「歌詞がよくない」という散々な意見をもらっています。さらには、「駄作」という声まで聴こえてきます。当時のポールがそれを知って舌打ちしている様子が目に浮かんできそうです。ステレオタイプというものはいったん植えつけられるとなかなか離れませんからねぇ・・・。でもまぁ、この曲の詞作も、確かに不快感を感じる時もありますし、何も毛皮の上着をあそこまで毛嫌いしなくてもいいとは思いますが、動物を殺して毛皮を得ている我々がいることも偽らざる事実。そうしたことを反省できるチャンスをポールは与えているんだ、と考えればこの曲のイメージもよくなると思います。誰だって動物が殺されて皮をはがれている様子や、密猟されて転売される動物を見て心が痛むでしょう?ようは、そうしたことをポールは訴えたいわけなんです。ちょっと過激ですけど(苦笑)。まぁそんな感じで軽くおさえておきましょうよ。

 というわけで、ずっとネガティブな面である歌詞について語ってきました(また長くなりましたね、ごめんなさい)。では今度は、この曲の魅力について語ってゆきます。前回の『Big Boys Bickering』もそうですが、ポールらしくない(苦笑)歌詞に対して曲自体はポールらしいのです。そして、それこそこの曲本来の魅力なのです。所詮歌詞は後付なのですから(おいおい)。

 この曲はロックンロール、しかもオールド・スタイルです。当時のポールはツアーバンドと共にレコーディングをしていましたが、この曲もそんなバンドメンバーの力量が存分に発揮されたロックです。ロックというより、この曲はロカビリーに近いものがあります。かっこよさと華やかさの中に、純粋な楽しさが感じられる、そんな曲です。「オフ・ザ・グラウンド」本編にも『Get Out Of My Way』というオールド・スタイルのロックがありますが、実はそちらよりもメロディにメリハリがあり、演奏もしっかりしています。その意味で、本編に収録していてもよいほどのレベルにあります(動物愛護ソングがまた1つ増えて評判が落ちそうですが・・・)。『Looking For Changes』よりもいいできです。ポールの作りそうな、軽快なポップ要素も垣間見れるロックです。'80年代以降の『Ballroom Dancing』『Move Over Busker』の系譜ですね。

 曲はイントロなく始まり、すぐに軽快なロカビリーのリズムが入ります。アンプラグド風味の多いこの時期において、この曲ではれっきとしたエレクトリック・セット。あちこちで力強いギターが聞こえてきます。間奏にはギターソロもあります。ポールのベースもぐいぐい曲を引っ張っていて、特に中間部の連弾きのベースは痛快です。簡単に弾けるオルガンはリンダさんでしょうね。かなり大きくミックスされています。他にシンセ音のようなのも聴こえます。そして、軽快なリズムで導いてゆくドラムスは場所によってパターンを変えて楽しいです。フィルインも強烈です。ドラムスは、音の様子からして生の音(ブレア・カニンガム)に加えて打ち込みが入っていると思われます。オールド・スタイルのロックに、こうした打ち込みを使うことでちょっと「今風」な味付けをしているのは面白いです。リズムの力強い躍動感を補助する役割もちゃんと果たしています。バンドのアルバムとはいえ、こうした効果的な打ち込みサウンドの使用なら大歓迎ですね。エンディングもきれいに決まっています。長いツアーをやり終えて、ますます演奏力と結束を高めていったバンドの演奏ならではですね。

 そして、忘れてはいけないのがポールのシャウトです!もちろんこの曲でもポールはシャウトしまくりです!まるで、登場する女性の気持ちを代弁するかのような、歌詞にこめたメッセージを強調するかのような、そんな力強いシャウトを披露しています。ポールのシャウトが好きな方、この曲を見逃しちゃあいけませんよ!恐らく「オフ・ザ・グラウンド」セッションで一番よくシャウトできている曲ではないでしょうか。『Looking For Changes』の空回り気味のシャウトとは、全く迫力が違いますから!次作「フレイミング・パイ」で急に老け込んだかのようにおとなしくなるだけに、余計聴いておきたい所ですね。

 イントロなしで始まる歌いだしには、昔のマイクを通したようなこもった処理がしてあります。ロカビリー全盛期を意識したのでしょうか。ここでもちょっとした機械処理が曲の雰囲気を高めています。ヴォーカルは最初は冷静に、だんだんとシャウト気味になってサビの最後に炸裂するという形式を取っていて効果的です。ちょうど「パーティーを始めましょう」の部分で一番シャウトする格好です。登場する女性の狂気っぽさが表現されていますね。中間部ではコーラスが効果的に挿入されています。ポールとの追っかけコーラスになっているのです。こうした効果的なコーラスの配置もポールらしいですね。コーラスはサビの部分でもハーモニーとして入っています。第3節はアレンジを少し変えて、リンダさん(ミックス小さめ)とのデュエットになっているのも効果的です。

 このように、歌詞で引いてしまって聴かなかったらもったいないほどの佳曲なんです。一緒にレコーディングした当時のバンドメンバー各自の演奏が光るバンドサウンドが一番堪能できるロックで、しかも痛快なポールのシャウトが聴けるんですよ〜。この時期一番のロック・ナンバー、聴かないでおくのは本当にもったいない話です。歌詞はとりあえず二の次でいいですから、一度聴いてみてください。そんな悪い曲ではないことに気づくでしょう。

 私はこの曲、好きですね。歌詞は少し嫌味たらしくてあまり好きになれませんが、曲のノリノリな感じとポールのシャウトが好きで最近よく聴いています。聴く前に歌詞を見て、読み進めて行くうちに例のくだりが出てきて「なんかいやな曲」というイメージで来ていたので、こんな楽しい曲だったとは思いもよりませんでした。ポールのロックではかなり上位に入っています。

 現在この曲は入手困難です。シングル「Hope Of Deliverance」で発表され(日本ではアルバム「オフ・ザ・グラウンド」初回限定版の付属CDに収録)、その後日本とドイツのみの限定版「オフ・ザ・グラウンド・コンプリート・ワークス」にも収録されましたが、いずれも廃盤です。しかし、「オフ・ザ・グラウンド」の初回限定版ならネット上ではけっこう手に入れやすいと思います(私は「オフ・ザ・グラウンド」は再販前だったためそれを買いました)。でもやっぱり他の佳曲と共に「コンプリート・ワークス」で一挙に聴くことをお勧めします。入手困難ですけど・・・。

 さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「ポール流サイケ」。次回も「コンプリート・ワークス」収録曲です。お楽しみに!

  

(左)シングル「Hope Of Deliverance」。日本以外のアナログ盤・CD共に収録。

(右)アルバム「オフ・ザ・グラウンド・コンプリート・ワークス」。アルバム未収録の佳曲も含め、この時期の音源がほぼすべて手に入る優れもの!

Jooju Boobu TOPページへ