Jooju Boobu 第121回
(2006.5.27更新)
Down To The River(1993年)
今回の「Jooju Boobu」は、再びアルバム「オフ・ザ・グラウンド」期のシングルのみで発表された曲を紹介します。今回は、『Down To The River』。ポールにしては珍しく単調な曲で、即興的な要素も持ち合わせる曲ですが、それは決して乱雑という意味ではありません。メロディや歌詞が即興的な反面、この曲は演奏面できらりと光るものを持っています。今回は、この曲を語ってゆきます。
この曲の持つ味には不思議なものがあります。カントリー・タッチの曲で、それ自体はポールにとって珍しいことではないのですが、この曲はどこか常のポール製カントリーを越えた、スタンダード的風格をも漂わせているのです。ポールを知らない人に聞かせたら、「昔から伝わるトラディショナル・ナンバー?」と思われてしまうかもしれません。ポールファンなりたての人なら、「ポールがスタンダード曲をカヴァーしている?」と思ってしまうかもしれません。'70年代初頭から前半にかけてポールが量産していたカントリーには「ポールっぽい」感じが伴っていたのですが、この曲にはそれがありません。本当に古くから地元に根付いたスタンダードのようなのです。
この曲をいかにもスタンダード的に聞かせている最大の要因が、単調な曲構成です。曲はほとんどサビの繰り返しで済んでいて、さらにはそのサビのメロディは単純明快。おまけに残されたメロ部分も適当な感じのメロディで、全体的に単調です。コードもサビで3つ、メロで1つしか使用されていないようです。メロディアスなメロディをいとも簡単に大量生産してしまうポールにとっては意外なほどあっけない曲です。そのため、そのポールっぽくない所が、スタンダードっぽさを助長しています。スタンダードナンバーといえば、シンプルなコード進行でほとんど同じメロディの繰り返しといったものが多いですが、この曲もそうしたスタンダードに紛れていても違和感が全くないほど単調です。本当にこの曲はカントリーのスタンダードのようです。
もう1つ単調なのがヴォーカル。メロディ自体単調な上に、ポールは少し雑な感じに歌っています。ポールは、と言うよりポールとヘイミッシュは、と言うべきでしょう。というのも、ヴォーカルは全編ポールとヘイミッシュ・スチュワートのハーモニーが中心になっているからです(他メンバーもコーラスをつけているが、特にこの2人の声が目立つ)。ポールとヘイミッシュの仲良きパートナーぶりは他の曲でも十分伝わってきますが、この曲でもリラックスした雰囲気が伝わってきます。しかもなかなか味があります。そのヴォーカル、元々メロディと歌詞が単調なので仕方ないのかもしれませんが、かなりアドリブを入れたり崩し歌いをしています。即興的な感じもあり、もしかしたらヴォーカルは本当に即興で入れられたのかもしれません。また、間奏が多く自由自在な構成になっていて、それもヴォーカルの適当さをほうふつさせます。
しかし、「ポールらしくない」「単調」「雑」とマイナスイメージかと思いきやそうでないのがこの曲。この曲の聴き所はメロディでなく歌詞でもなく、ずばり演奏です。この曲で展開されている音作り・演奏は、1989年〜1993年の間ポールを支えたバンドのメンバーの得意とする持ち味が最大限表れています。まるでメロディと歌詞の単調さを補うかのように、各自の演奏が輝いているのです。
曲を聴けば分かりますが、この曲はアンプラグド形式で演奏されています。アンプラグドとは、「プラグを外す」つまりアコースティック・セットで演奏するということです。1991年にポールはこのバンドと一緒にTV番組「アンプラグド」に出演してアンプラグド形式でたっぷり演奏していますが(アルバム「公式海賊盤」収録)、それを聴くと「このバンドはアンプラグドの方が味わいよいのでは・・・?」と思います(もちろんエレキを使用したロックもカッコイイですが)。ポールもこのバンドにアンプラグド形式は似合うと考えていたようで、アルバム「オフ・ザ・グラウンド」の『Hope Of Deliverance』『Biker Like An Icon』もアンプラグド形式で録音しています。アンプラグドといえどもあくまでバンド演奏というところがこのバンドの特徴ですが、その極め付けがまさに『Down To The River』なのです。
ギターやベースはもちろんアコースティックを使っています。ポールはベースではなくアコギを弾いていて、代わりにヘイミッシュがベースを弾いています。アコギの澄んだ音色が心地よいです。ブレア・カニンガムのドラムも素朴な演奏になっています。そして、ギター以上に耳に印象的に響くのがアコーディオンとハーモニカです。どこかレトロで田舎風味を出しているこの2つの楽器は、ますますスタンダード曲の匂いを高めさせています。
アコーディオンは、ポール・ウィックス・ウィッケンズの演奏。さすがポールのコンサートに欠かせないキーボディストだけあってこういった楽器も軽々と弾いてしまいます。そういえば「オフ・ザ・グラウンド」のブックレットには、ウィックスがアコーディオンを弾く写真がありましたね。この曲のセッションのものでしょうか。そして注目すべきはハーモニカ。なんと、ポール本人が演奏しているのです!!恐らく、ポールがハーモニカを披露したのはかなり珍しいのではないでしょうか?初期ビートルズに多く聴かれたハーモニカもジョン・レノンの演奏ですし、ウイングス時代はデニー・レインが吹いていましたし・・・。大々的にフィーチャーされています。それにしてもウィックスのアコーディオンも、ポールのハーモニカも、味わい深いです。曲の雰囲気を決めていますね。そしてこの曲の陽気さを出しています。
歌詞は、先ほどから触れていますが非常に単調なものです。「川の下流に連れていって」を繰り返すだけでほとんど構成されています。たったこれだけを歌い方を変えながら歌ってゆくのですが、流れるような曲調は川くだりみたいですね。アコーディオンやハーモニカののどかな演奏を考えると、ゆったりした川の流れを陽気に下ってゆくイメージがします。
この曲は、アルバムからの第2弾シングル「カモン・ピープル」のCDにのみ収録されました。そして例に漏れず現在は入手困難です。この時期のバンドらしい演奏が満喫できるだけに、残念です。あまりにもメロディが単調だったのでカップリング回しにしたのでしょうか・・・。
「オフ・ザ・グラウンド」時期のシングルカップリング曲は、当時のアルバムツアーで演奏されることはありませんでしたが、この曲だけはライヴで演奏されたことがあります。しかも、公式発表の1993年の2年前に当たる1991年に既に演奏されていたのです!しかも、ヨーロッパで行ったシークレット・ライヴ・ツアーでのみです(さらにそのうちの4箇所のみ)。ごく一握りの人だけが発表前に聴いたことになります。アルバムツアーでは演奏されていないので、なんともうらやましい話です。ちなみに、このライヴでポールは人前で初めてハーモニカを披露しています。
この曲、つかみどころのなさそうな単調な曲ですが、演奏が実に味わい深いです。特にウィックスのアコーディオンと、ポールのハーモニカです。懐かしさのようなものを思い起こさせる音色です。アンプラグド演奏は本当にこの時期のバンドに似合っていますよね。私は、そんな演奏に惹かれて今回紹介するに至りました。この曲もぜひ聴いてみてください。アンプラグドやカントリー風の曲の好きな方にお勧めです。ウィックスの演奏が目立っているのでウィックスの好きな方にも(爆)。
眠い中執筆したのであまり深く突っ込んで語れていないと思いますが(この曲で長く語るのも至難の技ですが・・・)、とりあえず今回はここまでにします。
さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「無能な政治家」。お楽しみに!!
(左)シングル「カモン・ピープル」。CDにのみ収録されています。
(右)アルバム「オフ・ザ・グラウンド・コンプリート・ワークス」。感動のアルバム未収録曲も網羅した、2枚組限定版。