Jooju Boobu 第117回

(2006.5.12更新)

This Never Happened Before(2005年)

 今回で第9層も終わりですが、今回はこの前特集として集中して紹介したポールの最新作「ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード(裏庭の混沌と創造)」(2005年)から再び紹介します。アルバム後半に収録されたバラード『This Never Happened Before』です。ビートルズの頃の昔から現在に至るまで、数々の美しいバラードの名曲を世に残したポールの功績は誰もが知るところですが、この曲はそんなポール・バラードの現在形といえるでしょう。甘美なメロディにのせて、ストレートに恋人への愛を歌うそのスタイルはこの曲でも健在です。そんなこの曲の魅力を語ってゆきます。

 ポールにとって現在最新作のアルバム「裏庭の混沌と創造」は、プロデューサーにナイジェル・ゴドリッチを迎えました。彼の手腕により、近年の諸作ではポールらしさが抜群に出ながらも、どこか「混沌」とした、それまでにないサウンドを持った曲が生み出されました。ビートルズに回帰しようというポールの考えもあいまって、シンプルな曲構成とアレンジも印象的です。さらにはポールがほとんどの楽器を単独で演奏しているのも特筆すべきでしょう。アルバムに対する世間の評価の高さは、記憶に新しい所です。63歳にして、ポールはポップ・ロック界に再び返り咲いたのです。

 そんなこのアルバムは、昔からの経験から脈々と受け継がれた部分と、果敢に新たな作風探しを求める部分とが見事にぶつかり合っています。そのどちらの要素も魅力的ですが、「これぞポール!」といったものを発見できるとやはりうれしくなってしまうものです。アコギ弾き語りの『Jenny Wren』や、中期ビートルズっぽい『English Tea』、そして新たなスタンダードのような『Follow Me』などなど、ポールが昔から蓄積してきたものがほうふつされる瞬間は、長年ポールのファンを続けている人ほどうれしい時なのです。

 そして、世間がもっともポールに期待している音楽といえば、美しいバラードでしょう。最新作には、そんなポールらしいバラードも用意されています。「これぞポール!」と誰しもが喜ぶバラード。それが、今回紹介する『This Never Happened Before』。少し大仰にも聴こえる典型的なそのバラードは、『Yesterday』『Let It Be』といったビートルズの名曲や、『My Love』『Only Love Remains』といったウイングス・ソロ時代の名バラードの流れを確かに受け継いでいます。まさにポールのバラードの現在進行形なのです。そしてそれは、アルバムで織り成す「混沌と創造」とは程遠い、オーソドックスなポール・バラードの世界です。ゴドリッチに「オーガニックな曲」と言わしめただけあります。次曲『Anyway』も同じピアノバラードですが、そちらより遥かに保守的です。

 この曲は、ポールがナイジェル・ゴドリッチをプロデューサーに迎えて最初に取り上げた曲の1つだそうです。つまり、セッションの序盤で作られたのです。この曲のメロディはとてもシンプルで、誰もがすぐに覚えられるでしょう。曲構成も、ほとんど1つの節の繰り返しで成り立っており、シンプルそのものです。余計な部分をカットして、分かりやすくしたので、それだけストレートに耳に残るような曲に仕上がりました。この曲に熱い感情を感じるのは、そのおかげでしょう。きっと何年経っても、この曲はいつまでも歌い継がれるだろう・・・そんなメロディです。「こんなシンプルなメロディが、2005年時点でまだ残っていたとは!」と驚くと同時に、そんなメロディをつむぎだすポールの才能に驚きます。

 ポールはこの曲でもほぼすべての楽器を単独録音しています。曲の主体はやはりピアノ。ピアノバラードはポールのもっとも得意とする所。そして、そこにストリングスが入るのはもはや王道です。『The Long And Winding Road』でのストリングスアレンジを嫌ったポールですが、『My Love』『Warm And Beautiful』『Only Love Remains』といったポールのバラードの名曲はいずれも「ピアノ+ストリングス」という構図です。まさに、「これぞポール的サウンド」なのです。エンディングなんかは少し大仰な面もありますが、それでも以前に比べればだいぶ抑えられています。ストリングスはさすがにポールは弾けないので、交響楽団による演奏です。他にポールは、ギター・ベース・ドラムスも演奏しています。ドラムスは、初期段階で打ち込みドラムスを入れていたらしく、完成テイクでも後方で聴こえています。しかし、主にシンバルだけなので違和感はありません。

 演奏に並んでハートウォーミングなのが、ポールの歌声です。ストレートなラヴソングを歌うその声は、63歳という年齢を感じさせない熱さがあります。ストレートに、しかし大仰にならず、穏やかに歌い上げるポールに、思わずうっとりしてしまう人も多いのではないでしょうか。ポール自身によるハーモニーも、流麗なストリングスと共に曲の展開を盛り上げます。さながら映画のワンシーンでも見ているかのようです。歌詞は、余計なことを一切言わずにラヴソングで直球勝負しています。新たな奥さん、ヘザーさんに向けて作ったのでしょうか。リンダさんに向けて歌った『My Love』と双璧を成すかのようです。「こんなこと今までなかった」と、運命的な愛との出会いを熱く歌った、愛にあふれた詞作です。

 この曲、恐らくこれからファンが増えるんでしょうね。ある程度ポールを知った者からすると王道すぎてつまらないかもしれませんが(汗)。世間一般的なポールのイメージを追い求める人たちにとっては本当にうれしい1曲ですね。私は別に「ポール=バラードの人」とは思いませんが、この曲は好きですね。ひさしぶりにポールらしいバラードが出て安心しました(『From A Lover To A Friend』とは雲泥の差だ)。『My Love』なんかは知名度の割に「大仰だ」ということで人気がないですが、この曲はシンプルな分大仰さが少ないのでバラードに興味のない方にもお勧めですね。知名度がないため、今後埋もれてしまうかもしれないのが残念ですが・・・。2005年のツアーでは取り上げられませんでしたが、これはもったいないですね。ビートルズ時代のバラードに代わるレパートリーとして、ぜひ定着化させていただきたいです(できれば『Only Love Remains』も、ね・・・)。2006年2月にシングル発売されるという噂がありましたが、結局どうなったのでしょうね?カップリング曲が決まらなかったからおじゃんになったのでしょうか。この曲を千葉県最南端の白浜町の野島崎の海岸沿いのドライヴで聴いたらすごく似合った思い出があります。

 今回のイラストは、「裏庭の混沌と創造」お約束の柊つかさ@「らき☆すた」ですが、うまく描けませんでした(汗)。

 さて、この曲で私のお気に入りの第9層はおしまいです。次回からは、アルバム「オフ・ザ・グラウンド」期のアルバム未収録曲特集として、一挙に8曲を紹介します!(肝心の本編がまだタイトル曲1曲しか紹介されていないというのにね・・・)

 そして、その中で私がもっとも好きな曲で、次回紹介する曲のヒントですが・・・「愛の賛歌」。お楽しみに!!

アルバム「裏庭の混沌と創造」。ポールらしさあふれる面と、「混沌」としたサウンドの面を持つポールの最新作!

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