Jooju Boobu 第115回

(2006.4.29更新)

Be What You See(link)/Dress Me Up As A Robber(1982年)

 今回も、前回の『The Man』と同時期の曲を取り上げます。『The Man』はアルバム「パイプス・オブ・ピース」ですが、今回紹介する曲はその前作「タッグ・オブ・ウォー」収録曲です。とはいっても、ご存知の通り同時期のセッションで録音されているのです。その曲とは、『Dress Me Up As A Robber』です。いろいろと悪い事件が続いたポールにとって、実質的に'80年代最初のアルバムとなった「タッグ・オブ・ウォー」には、深みのあるサウンドや社会的メッセージを帯びた詞作など、それまでのポールにはあまり見られなかった現象が見て取れますが、この曲にもそうした傾向がはっきり残されています。その辺を中心に、この曲を語ってゆきます。そしてついでに、前曲にあたる小曲『Be What You See(link)』も語ってしまいます。

 ポールにとっての'80年代は、いやな事件の連続で始まりました。日本での逮捕事件、それに伴う活動休止。久々のソロアルバム「マッカートニーU」を出し、ウイングスとのセッションも再開するものの、ジョン・レノンの暗殺にショックを受け中断。ポールは次のアルバムをソロアルバムとして発表することを決心。ビートルズ時代にお世話になったジョージ・マーティンにプロデュースを依頼します。そして、デニー・レイン脱退によるウイングスの解散。否が応にも、ポールは'80年代を1人で歩いてゆかねばならなくなったのです。

 そして、マーティン先生のプロデュースの元じっくり制作されたのがアルバム「タッグ・オブ・ウォー」(1982年)です。ウイングス解散後初のアルバムです。次作「パイプス・オブ・ピース」が、同じセッションで録音され収録もれになった曲を中心に構成していることは前回触れました。このアルバムでは、マーティン先生のアドバイスにより曲にあわせて多くのミュージシャンと共演する、というスタイルを取っていて、スティービー・ワンダーやマイケル・ジャクソン、リンゴ・スターといったビッグな共演者に大きな注目が集まりました。もちろんそれだけでなく、ポール自身が「ビートリー」と称した後期ビートルズっぽいサウンドも受け、「タッグ・オブ・ウォー」は今でもポールの名盤として親しまれています。

 時代順にポールの諸作を聴いていって、このアルバムに辿り着けば、皆さん「何かが変わった」と思うでしょう。そう、ここでのポールはウイングス時代とは何かが違うのです。ほとんどの曲は落ち着き払った、場合によってはシリアスなムードをたたえています。そして、詞作には黒人差別撤廃への願いが歌われたり(『Ebony And Ivory』)、経済問題への懸念が歌われたり(『The Pound Is Sinking』)と、社会的・哲学的なメッセージが展開しています。こうしたポールの作風・意識の変化の裏には、間違いなくジョン・レノンの死が影響しています。「平和を訴えたジョンの代わりになるのは僕だけだ」とポールが考えたかは知りませんが、ウイングス時代とは明らかに違う、大人に成長したポールをそこに見ることができます。

 今回紹介する『Dress Me Up As A Robber』はB面の最後から2曲目という目立たない位置にあるものの、強烈なインパクトを私達に与えます。それはもちろん、こうした作風が色濃く表れているためです。それまでのポールにはあまり見られなかったものが、この曲にはあふれているのです。それは曲自体においても、詞作においても、ましてヴォーカルにおいてもそうです。アルバムタイトルソング『Tug Of War』と並んで、この時期の作風の代名詞といえる1曲なのです。

 まず耳に残るのはその強烈な演奏でしょう。この曲でポールはフュージョンに挑戦しています。私はフュージョンたるものを聴かないのでよく知らないのですが(汗)、ジャズ・ロックや現代音楽などが融合して出来上がったリズムで、'70年代後半より隆盛したそうです。つまりは、当時の最先端を行く音楽だったわけです。ここにもポールの先見の明を発見。「タッグ・オブ・ウォー」セッションには、スタンリー・クラークやスティーヴ・ガッドといったフュージョン界で活躍する人たちも参加したので、ポールは彼らに影響されたのかもしれません。ちなみにこの曲は1977年には既に完成していて、その後試行錯誤の末ようやくマーティン先生がうなずくほどの曲に成長したという事実があります。当時のデモテープはブートで聴けますが(私は未聴)、恐らくフュージョンのリズムは試行錯誤の途中で取り入れられたものなのでしょう。

 フュージョンのリズムを取り入れたためか、非常に強烈なビートが登場します。特にイントロなどここぞという部分にはものすごいフィルインを展開させています。間奏では電子音楽的な感じになります。ギターフレーズも強烈。イントロだけで圧倒されてしまいます。リズムギターも印象的です。そして、ほどよいアクセントとしてスパニッシュ・ギターも登場します。スパニッシュ・ギターは'70年代後半よりポール・サウンドにしばしば用いられています。他にはシンセが多用されていて、深遠とした雰囲気も感じさせます。演奏時間は3分未満と短いのですが、最初から最後まで息をのむほど緊張感のある演奏です。

 面白いことに、これだけフュージョン色が濃い曲なのにスタンリー・クラークとスティーヴ・ガッドは参加していません。ポールは彼らの見よう見ままにフュージョンを自己流に解釈したというのが正解でしょう。ドラムスのデーヴ・マタックス以外はフュージョンの蚊帳の外の人間による演奏となっています。ベースとギターはポール。シンセとギターは元ウイングスのデニー・レイン。ウイングスとしてデモをやってきた曲なので、デニーも参加したのでしょう。そしてマーティン先生がエレピを弾いています。ポールと特に親しい人ばかりが集まって、「ポール風フュージョン」を作ったわけです。そんな様子をスタンリーやスティーヴは何と思ったのでしょうか。きっとポールにアドバイスはしていたんでしょうけど。

 フュージョンを取り入れただけでもそれまでのポールに比べて明らかに異質なのですが、詞作も変わりました。先述の通り、シリアスなムードをたたえているのです。社会的・・・というよりは哲学的といいましょうか。人生観を歌っているのです。タイトルの通り、「泥棒や水兵の衣装を僕に着させてもいいよ」と歌っています。そして最後には「僕が僕自身で幸せなのに、変わる必要なんてあるのかい?」と歌います。「どういうこと?」という方に説明しますと、人がどんな服を着させようと、どんなことを命令しようと、自分は自分だ。自分に変わる必要がなければ、変わる必要はない・・・という感じです。乱暴に要約すれは、「誰も僕の意思を変えることはできない」となります。非常に乱暴な要約ですが、ジョン・レノンの『Across The Universe』に根源を同じとする人生観なのです。こうした人生観を歌った詞作というものはウイングス時代のポールに見られなかった現象で、挑発的で鋭い観察眼は「これがポール?」と思わせるほどインパクトがあります。こうした詞作が、曲にますます深み・味わい深さを与えているのです。演奏の強烈さに耳を奪われてしまいがちですが、詞作に込められた哲学に耳を傾け、何かを教わるというのもいいと思います。

 第3に、ヴォーカルにもこれまでのポールにあまりない特徴があります。それは、ポールによるファルセット・ヴォーカルです。ポールのファルセットといえば、それ以前には『Girlfriend』(1978年)くらいにしかありませんでした(『Check My Machine』もそうかも(爆))。しかし、なぜか「タッグ・オブ・ウォー」の時期になんと3曲もファルセット・ヴォーカルの曲が登場します。前回紹介したマイケル・ジャクソンとの『The Man』と、その前曲の『So Bad』そしてこの曲です。この時期のポールが好きだったスタイルだったのでしょうか。まさかマイケルに影響を受けたということではなさそうですけど。フュージョン+ファルセットというアレンジは、非常に「らしさ」を出すのに成功しています。この曲では、メロの部分はすべてファルセットで歌われています。よく聴けばポールの声ですが、女性のヴォーカルにも聴こえなくもありません。その反面、サビの部分は通常のポールのヴォーカルに戻っています。このコントラストがなんとも印象的に響きます。これは『Girlfriend』の時もそうでしたね。ただファルセット一色にするのではなく、通常のヴォーカルと使い分けているのが効果的なのです。

 「ポール流フュージョン」「人生観を歌った詞作」「ファルセット・ヴォーカル」と、それまでのポールにない異質な要素が一挙に集まってできたこの曲。詞作なんかは1979年頃には既に半分できていたみたいですが、やはりこの異質さを揃えさせたのはジョン・レノンの死によるポールの心の変化があってのことでしょう。ウイングス時代のように能天気に愛を歌うだけの人間でいていいのか・・・こう考えたポールの成長が、くっきりこの曲に出たのです。少しでも崩れたら全部が崩れてしまいそうな緊張感あふれるアレンジは、真剣に物事を考えるようになったポールを表しているかのようです。

 そして、ポールの人生観の変化というものが、さらに凝縮された形で表れたのが、今日紹介するもう1つの曲で『Dress Me Up As A Robber』の前曲、『Be What You See(link)』です。「リンク」と名づけられているだけあって、さらに前曲の『Get It』から『Dress Me Up〜』へ自然につなぐために作られたものです。その演奏時間は30秒ちょっと。しかし、そのインパクトは大きいです。神秘的なシンセのみで織り成す世界は、幻想的な魅力に包まれています。そして、ヴォコーダーを通して録音されたポールの不思議なヴォーカルが2度繰り返すフレーズ。「あなたのなりたかったものはあなたが今見ているもの」と歌われています。たったそれだけですが、心に重く響く味わい深いフレーズです。哲学的ですが、「自分のなりたかったもの・・・今見ているものなんだろうか?」と考えてみると面白いかもしれません。

 アルバム「タッグ・オブ・ウォー」のシリアスな感じを、今回紹介した2曲はよく出していると思います。しかし、重々しくなるだけではなく「音楽」として私達に馴染み深く聴かせるのがポールらしいところです。『Dress Me Up As A Robber』の人生観あふれる詞作も、フュージョンライクな強烈な曲調に心を奪われながら味わうとさらにその味を噛み締めることができます。音楽的に聴き所が多いのもいいですね。『Be What You See(link)』は、冒頭に『Get It』のカール・パーキンスの笑い声が重なってどこか不気味ですが、短いながらも何かを教えてくれるような印象的な小曲です。「タッグ・オブ・ウォー」でポールが伝えたかったものというのを考える時、この2曲は外せませんね。個人的には『Take It Away』『The Pound Is Sinking』『Ballroom Dancing』『Wanderlust』といった佳曲のためアルバム内で大好きな曲とは言えませんが、好きですね。『Dress Me Up〜』の方は、カラオケで歌えたらファルセットなので面白いかもしれません。余談ですが、執筆中に『Be What You See(link)』だけをリピート再生していたら不思議な感覚に陥りました(爆)。

 アルバム「タッグ・オブ・ウォー」は、けっこう好きなアルバムなので中盤以降中心にほとんど語ってしまったと思います。あ、某12曲目とか5曲目がないですね、有名なのに(汗)。思えばもう3曲紹介してなかったですね。いつ出てくるのかはその時のお楽しみに!

 さて、次回紹介する曲のヒントですが・・・「ハーフスポークン」。お楽しみに!!

アルバム「タッグ・オブ・ウォー」。一段階成長したポールが見せる穏やかさと、社会的なメッセージを込めた'80年代の名盤!

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