Jooju Boobu 第114回

(2006.4.25更新)

The Man(1983年)

 今回は、'80年代に戻ります。1983年のソロアルバム「パイプス・オブ・ピース」に収録された『The Man』です。ポールのソロを聴いている方にとっては今さらなことですが、あのマイケル・ジャクソンと共作・共演した曲です。マイケルと言えば最近の逮捕事件や裁判沙汰など数々の奇行で知られる「変人」というイメージがありますが、整形を繰り返す前の昔は黒人だったのは周知の通り。そして、1983年当時のマイケルはアルバム「スリラー」の大ヒットで時の人、音楽的に高く評価されていました。マイケルの曲をろくに聴いたことのない私ですので知ったかぶりで話すことはしませんが、「変人」になる前の「ミュージシャン」として、この曲に参加しています。ということでこの曲は第1にも第2にもマイケルが思い浮かぶわけですが、実は純粋に音楽的にも聴き所はたっぷりなのです。その点も留意しながら、マイケルとポールが生んだこの曲を語ってゆきます。

 アルバム「パイプス・オブ・ピース」のほとんどの収録曲が、前作「タッグ・オブ・ウォー」(1982年)のセッションで録音された曲で、選考落ちして本作に回されたことは、ポール・ファンなら誰もが知るところ。そしてこの曲も、「タッグ・オブ・ウォー」のセッションで録音されています。当時のポールといえば、ジョン・レノンの暗殺やウイングス解散など人生を揺るがす大事件に滅入りながらも真摯に音楽制作に取り組んでいた所。そして、あたかもジョン・レノンの後釜となるパートナーを探すかのように多くの有名アーティストと共演しています。『Ebony And Ivory』でのスティービー・ワンダーとの、『Get It』でのカール・パーキンスとの共演や、エリック・スチュワートをセッションに呼んだことなどは、その表れです。そして1980年末頃、アメリカのマイケルから「共演しないか?」という電話が入ってきて、これがポールとマイケルの共演の発端となります。ちょうどパートナー探しをしていた頃なので、ポールはこの約束に快諾します。

 元々ポールの『Girlfriend』(1978年)をマイケルがカヴァーするなど、接点のあった2人ですが一緒のセッションはこれが初めて。ポールとマイケルは1981年末に集まって2曲を共作、そしてヴォーカルを分け合う形で共演します。同じく「パイプス・オブ・ピース」収録の大ヒットシングル『Say Say Say』と、今回紹介する『The Man』です。さらにはお返しとして今度はマイケルの曲にポールが参加。それが『The Girl Is Mine』で、マイケルの大ヒットアルバム「スリラー」に収録されました。1982年10月にシングル発売されていて、レコーディングは後ですがこちらの方が先に発表されました。

 『Say Say Say』と『The Girl Is Mine』が大ヒットしただけに単なるアルバムソングの『The Man』は圧倒的に知名度がないのですが、実は『Say Say Say』よりもポールらしさが出ているのです。さらには「パイプス・オブ・ピース」のちょっとしたブリティッシュ・ポップのこじんまりとした雰囲気にもマッチしています。知名度がない分、そうさせているのかもしれません。『Say Say Say』はよく「アルバムの統一感をぶち壊している」と苦情が来ますが、こちらはうまく溶け込んでいます。

 さて、マイケルの話が出ているのでまずはヴォーカル面から話を進めましょう。マイケルとポールの共作ですが、2人らしい軽やかなポップ・チューンに仕上がっています。『Say Say Say』がいかにもマイケル風音楽なのに対し、こちらは幾分ポール色が入っています。しかし興味深いことに、ヴォーカル面ではこの曲の方がマイケル寄りになっています。それは、ポールがファルセット・スタイルで歌っていることが挙げられます。つまりは、マイケルの歌い方に近づけているのです(思えば『Girlfriend』がそうだった)。といっても、同時期に『Dress Me Up As A Robber』『So Bad』と2曲でファルセット・ヴォーカルを披露しているだけあってポールは見事こなしています。

 ヴォーカル構成は、メロで2人が交互に歌い(一部はハモっているが)、サビで2人がハモるという感じで進行してゆきます。第3節は完全にハモっています。よく「どっちが歌っているのか分からなくなる」という感想を目に耳にしますが、個人的には聞き分けられます。マイケルのヴォーカルにくせがあるので(苦笑)。マイケルの方が若干エモーショナルに歌っていますから、分かりやすいかもしれません。ポールの歌声をよく聴いている方は、ポールの方から聞き分けるのでしょう。ハーモニーの部分は、ちょっと聞き分けづらいかもしれません。最後の“This is the ma〜n”の部分は特に分かりません。後半の方になると若干アドリブ風になっていて、変化があって面白いです。おしまいも“This is the ma〜n”で締めくくります。サビのコーラスは曲中で何度も繰り返されるので耳に残るでしょう。第2節以降は、ハーモニー以外にもバッキング・ヴォーカルが入っています。

 ヴォーカルを見れば1から10までマイケルで終わってしまいそうなこの曲ですが、実はこの曲のもう1つの魅力というのが音楽面です。語られることは少ないですが、よく聴いてみるとこの曲のポップさを随所でいろいろな形で引き出しています。これはポールもそうですがプロデュースしたジョージ・マーティンの手腕も大きいでしょう。マイケルがすべてではないのです(ちなみに『Say Say Say』にも言える)。多くの大物ミュージシャンの参加した1981年〜1982年のセッションですが、この曲の演奏にはポールとマイケルの2人しか参加していません。しかもマイケルはヴォーカルだけなので、すべての楽器(ストリングスは違そうだが)をポールが演奏しています(ここでもワンマンぶり発揮!)。『Ebony And Ivory』や『Get It』でも共演者との2人のみのセッションだったので、水入らずのセッションをしたかったのでしょうか。それとも、パートナーとしてふさわしいか見定めたかったのでしょうか。それにしても、オーケストラを除いてすべてポールとは驚きです。だって、不自然な部分が全くないのですから。イギリスで録音しているので、マイケルおつきのセッション・ミュージシャンではないですし。

 のっけから印象的なギターソロで始まります。間奏にも出てきますが、一聴するだけで『Wino Junko』(1976年、ウイングスのジミー・マッカロクの曲)が思い浮かびます(爆)。思わず「ジミーが弾いてる!?」と疑ってしまいそうです(絶対不可能だけどね)。このソロ1つでガツンと一気に引き込まれてゆきます。ピアノのグリッサンドも印象的。このソロの後はアコギにヴァイオリンと、意外にもアコースティックな楽器がメインとなります。サビの繰り返しのコーラス部分で少し盛り上がりますが、ここも基本的にアコースティックで、キーボードとドラムス、そしてもちろんコーラスが華やかに聴かせます。ここで聴き所なのが、“Then he laughs”の部分で入る手拍子2回。これが知らず知らずのうちにリズムのポップ感を聴く者に与えています。だって、あなただってあの部分で一緒に手かひざでもたたいていません?もしそうだったらポールの思う壺です(爆)。これがあるとないとでは曲の楽しさもがらっと変わります。そして間奏は再びジミー風ギターソロ。このソロと他の部分のカラーの違いが顕著で、スパイスを与えています。浮いていそうで浮いていません。「あれ?同じ曲だったの?」にはなりますけど。第3節は、ストリングスでアレンジに変化をつけています。後半になるにつれアレンジが変わるのは王道ですが、実に効果的に作用しています。もちろんこれはヴォーカルにも言えます。以上、ざっと挙げただけでも「ジミー風ギターソロ」「手拍子2回」「ストリングスの変化」と多種多様な、しかしちょっとしたアレンジが随所に盛り込まれて曲の魅力を倍増させているのです。この曲を面白いと感じるのは、実はマイケルの歌声以上にこうした工夫がそうさせているのです。繰り返しの多い、悪く言えば単調な曲なのですが、このアレンジの積み重ねがそう聴こえさせないのです。

もう2度と会わないであろう2人(爆)。

 歌詞は、なぜか架空の「男」のことを歌っています。第3者の登場人物なのは、ポールの指南なのでしょうか?「人生というゲームを楽しみ」「僕たちとは違う世界の人間」で、「何でもできる」というこの男。サビの最後は彼の台詞となっていて、「俺は生きてるぜ、そしてずっとここにいるのさ」と言っています。天下無敵といった感じで、西部劇の一シーンのようです。思わず、『Say Say Say』のプロモでポールとマイケルが演じた偽薬売りを思い出してしまいます。曲がちょっとコミカルな演劇仕立てのような構成になっているのは、そうしたものを意識したのでしょうか。そういや、この曲の次曲・次々曲も演劇風味の曲構成&詞作ですね。ちなみに面白いことに、何度も繰り返されるサビは第1節と第2節で微妙に歌詞が異なっています。ここでも、曲に変化をつけようとしているのが見て取れます。

 この曲以外のポール&マイケルの共作『Say Say Say』と『The Girl Is Mine』がシングル発売されて大ヒットしたことは先述した通りですが、実はこの曲も当初はシングルカットされる予定でした。しかし、運悪くポールが大麻を栽培していたことが発覚、マイケルに迷惑をかけるといけないのでこの計画はおじゃんとなりました(それにしても、なんで大麻を栽培するのかな・・・しかも自宅の庭で・・・)。ちなみに、この時B面候補に挙がっていたのが未発表曲の『Blackpool』。'70年代前半に既にできていた曲で、かなり多くのデモ・ヴァージョンが残されている、ポールの未発表曲では有名な曲です。おかげで、いまだ未発表のままになってしまいました・・・。

 そして、ポールとマイケルの仲も悪くなってゆきます。シングル「Say Say Say」のジャケットではお手手つないで仲の良さをアピールしていましたが(爆)、1985年にマイケルがビートルズの楽曲の版権を買い取ったことがポールの怒りを買ったのです。元々マイケルに版権ビジネスを提案したのが当のポールなので、自業自得といえばそれまでですが・・・。版権問題は今なお未解決のままです(最近、マイケルが借金対策として版権を売るとかいう噂もありましたが・・・)。しかも、有名人の中の有名人となったマイケルは整形してゆくうちに心もおかしくなってしまいだんだん「変人」と化してゆきます。ここはマイケルの身の上話をするページではないので詳細は避けますが、近年逮捕されて裁判で無罪となったことは記憶に新しいですね。ポールは変心してしまったマイケルに失望を見せ、2001年のベスト盤「ウイングスパン」には大ヒット『Say Say Say』を入れませんでした。もはや、ポールとマイケルの関係はこれで途絶えてしまったのです。この曲含め、3曲の遺産を残したまま・・・。

 私も近年のマイケルは好きになれません。やけに白い顔してるし、奇行ばっかりしてるし・・・。おまけにビートルズの楽曲の版権をいまだ手放さないとは・・・。しかし、黒人マイケルには音楽的に正しい評価をしたいところです(マイケルの曲全く知らないんですけどね)。とりあえずポールのアルバムに入っている2曲を聴く限り、変人には聴こえませんから。曲自体は楽しいですしね。特にこの曲は『Say Say Say』以上によくできていると思います。ヴォーカル面でも演奏面でも、アレンジが効果的です。ポールとマーティン先生のおかげともいえるでしょう。ヴォーカル面ではマイケルが面白い味を出していますし。結局マイケルはポールのパートナーにはなりえませんでしたが、この共演はなかなか面白いものだったと思います。もう、今となっては実現しない共演ですが・・・。ポールもさらさらそんな気はなさそうですし・・・。しかし、だからといって歴史の闇に葬っていいような曲でないことは確かです。白い顔の気持ち悪いマイケルが嫌いな方も(爆)、「ポールを聴く」ためだけでもいいですからこの曲を聴いてみてください。『Say Say Say』のような「いかにも共演!」といった感じが薄い分、とっつきやすいかもしれません。私もこっちの方が好きです。ちなみにイラストはマイケル・・・のつもりです(汗)。

 さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「フュージョン風」。もう1曲加えての紹介となります。お楽しみに!(実はこのページにタイトルが書いてある・・・!?)

アルバム「パイプス・オブ・ピース」。マイケル・ジャクソンとの共演を2曲収録。全体的にはおとなしめでポップな作品。

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