Jooju Boobu 第109回

(2006.4.08更新)

When The Night(1973年)

 今回の「Jooju Boobu」は、前回の『Tomorrow』に近い時期の、初期ウイングスの曲です。ただし、知名度的には前回より劣りますが・・・。そして実は今回紹介する曲は、『Tomorrow』と紹介する順番が本来逆でした(汗)。単純なミスで逆に紹介してしまいましたが、お気に入り度はさして違わないのでまぁいいか。ということは置いておいて、今回紹介する曲は『When The Night』です。1973年のアルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」収録のロッカバラードです。「レッド・ローズ・スピードウェイ」は、『My Love』を始めとしたバラードが多く収録されているのが特徴ですが、この曲はそのバラード群の中でも少しだけ異色です。

 前回紹介した『Tomorrow』は、ウイングスのデビュー作「ウイングス・ワイルド・ライフ」に収録されていました。しかし、そのアルバムが不当な評価を受けたことは前回お話しました。その後のウイングスはといえば、大学ツアーを皮切りにライヴに明け暮れる毎日。新たにヘンリー・マッカロクを加え5人編成となり、地道に頑張ってゆきます。そんな中シングルヒットが重なり、ようやく評論家どももまともな評価をせざるをえなくなりました。そしてウイングスの名声が回復されたアルバムが「レッド・ローズ・スピードウェイ」でした。バンドとしてのまとまりが音に着実に表れたこともありますが、やはりなんといってもポールらしいメロディアスなポップやバラードが多く収録されたことが、ファンのみならず一般リスナーの心も奪ったことが好評の要因だといえるでしょう。これは裏返せばポールが自分のステレオタイプから脱皮しようとすれば売れなくなるという寂しい理論も出てしまうのですが、いずれにせよ世界が待っていた「ポール節」がここに戻ってきたわけです。名曲『My Love』はその真骨頂といえるでしょう。

 アルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」収録曲のうち、バラード作品は『My Love』『One More Kiss』『Little Lamb Dragonfly』『Single Pigeon』そしてこの曲『When The Night』です。その5曲の中でも、この曲はもっとも異色といえるでしょう。『My Love』なんかは正統派激甘バラードですが、この曲はなんだかストレンジな、独特な雰囲気を持っている不思議な曲なのです。全体的に流れる陰鬱な雰囲気は『Single Pigeon』に近いものがありますが、この曲には歌詞にあるとおり「メロウ」な雰囲気も流れていて、暖かみも感じられます。さらにバラードといってもロックの風味を取り入れたいわゆるロッカバラードで、これもアルバム中この曲しか該当しません。

 曲のメインはピアノです。この時期のウイングスには『Single Pigeon』『C Moon』のようにピアノを中心にすえた曲が結構多く、その多くをポールが弾いています。『My Love』でも、ポールがエレピを弾いています。この曲では、寂しさを漂わせる感じの演奏で、でだしのソロが印象的です。続いてギターですが、デニー・レインもヘンリーもアコースティックを使用しています(とされているが、間奏のそれは明らかにエレキだ・・・)。イントロや間奏などで哀愁漂う演奏を聞かせています。

 興味深いのが、ベースのパート。普通なら名ベーシスト・ポールが自慢の腕を披露する所ですが、ここではポールの演奏ではありません。さらに、ベースという楽器自体使われていないのです。では何がベースのパートを代弁しているのかといえば、それはリンダさんのキーボードです。つまり、シンセの低音部でベースの音を作っているのです。曲を聴いていても不自然な点を感じないのでこの事実には驚かされます(音数が少ないので当然といえばそうですが)。キーボード初心者のリンダさんでも簡単に弾けそうです。ではなぜポールはベースを演奏しないの?となりますが、これは当時のウイングスのレコーディングが一発録りだからなのでは、と思われます。少なくともベーシック・トラックはそうでしょう。バンドが一体になって一斉に演奏する、というスタイルをポールは望んだのでしょう。事実、『My Love』ではポールがエレピを弾くのでデニー・レインがベースを弾いています。

 そして、なんといってもこの曲をストレンジな雰囲気に陥れているのがドラミングです。初期ウイングスのドラマー、デニー・シーウェルが繰り広げるそのビートは、変拍子のように聴こえます。拍子の取りづらいリズムで、「これは何拍子なんだ?」と思わず考えてしまいます。しかし、曲自体はごく普通の4拍子で、何のてらいもありません。それを複雑なリズムのように聴こえさせるのはポールのアイデアかは分かりませんが、いずれにせよシーウェルの腕前お見事です。フィルインも絡めてロック的なところも見せています。それにあわせてメロディもあやふやな感じで終始進行してゆくので、聴いているうちに取り留めのない不安感が生まれてゆきます。不安感といっても、もちろん心地よい不安感です。このストレンジな感覚がなんともいえないのです。

 変拍子と並んで不思議な雰囲気をこの曲に与えているのがヴォーカルワークです。特にこの曲の場合、コーラスにそれが表れています。この曲ではポール以外のすべてのメンバーがコーラスをつけているそうですが、リードヴォーカルを追っかけるパターンが取られています。そしてこれまた、あやふやなメロディをしています。頼りないような、どうしようもならないような、これまた心地よい不安感が出てくる感じです。さらに歌い方まであやふやなのです。リンダさんとデニー・レインの声がよく聴こえますが、彼らの声質がよく生かされている気がします。曲全体を通して繰り広げられるこのコーラスは、一度聴くとしばらく耳に残ってしまうようなユニークさがあります。ミドルの部分では普通のコーラスワークが堪能できます。

 それに負けじとポールはリード・ヴォーカルとして熱唱しています。陰鬱なバラードなので穏やかそう、と思われる方もいらっしゃいますが全然そうではありません。眉間にしわを寄せるあの顔が思い浮かぶような、まさに「熱唱」と形容すべきヴォーカルです。メロの部分は追っかけコーラスを挟んでぶつ切れのメロディが続くので、その一句ずつを歌うのが印象的に響きます。そして最後のフェイドアウト部では、シャウト交じりになって熱いです。アドリブ風にも発展していて曲は最高潮に盛り上がりながらじわじわ消えてゆきます。まさにロッカバラードの面目躍如です。

 歌詞は、この時期からまた増えだした単純なラヴソングです。ポールといえばラヴソング、というようにポールの本業はやはりラヴソングなのです。この曲では、夜の明かりの元愛し合う恋人たちを歌っています。“light”と“night”、“yellow”“mellow”“fellow”といった韻の踏み方が非常に上手で、さらに印象的に聞かせています。

 この曲はアルバムではB面2曲目という大変目立たない位置にあり、さらに前曲が小曲の『Single Pigeon』で後曲がインストの『Loup』という微妙な位置に収録されているため、非常に目立ちません。曲が陰鬱で静かな、悪く言えば地味な感じなのも要因です。しかし、そんな曲が、なんと!アルバム発売直後の1973年のツアーで演奏されているのです!新作からは他に『Big Barn Bed』と『My Love』しか演奏されていない状態を考えれば、これはたいした出世です。ライヴ映えしそうな『Get On The Right Thing』や4曲メドレーを押しのけて、わざわざリズムが複雑で演奏しにくいこの曲を選んだというのは意外です。ライヴではアレンジはそのままに、よりロック色を濃くしたバンドサウンド的な熱い演奏を聴かせています。シーウェルがオリジナル通りの複雑なドラミングを繰り広げているのに注目!でだしのピアノソロはカットされています。もちろんコーラスは健在。ポールもエンディングでシャウト交じりに歌っています。(なんか、アドリブで“Underneath the banana tree”って言っている気が・・・なんでバナナ?)残念ながら、この曲のライヴ音源は公式発表されていません(ブートでは聴ける)。

 この曲は、最近まであまり好きではない・・・というか存在がありませんでした。しかし、『Tomorrow』と同じくこれまたブートのヴァージョン(つまり、この曲のライヴヴァージョン)を聴いて好きになりました。いや、えらく地味な曲をライヴで演奏したもんだな〜と(爆)。今では曲の深みある味わいにうっとりしています。独特のリズムと追っかけコーラスは、本当に不思議な空気感があります。こんなアレンジを思いついたポールもすごいし、見事な演奏をしたシーウェルもすごい。オリジナルの方は静かで陰鬱な中の味わい深さがあり、ライヴのほうはロッカバラードならではの熱さがあります。それぞれに熱い演奏・ヴォーカルが印象的です。「レッド・ローズ・スピードウェイ」の甘〜い感じのバラード集団の中でも、この曲は独特な個性を発揮していますよね。

 ということでまたマニアックになってしまった「Jooju Boobu」。次回紹介する曲のヒントは・・・「ロケストラ」。お楽しみに!番外編も予定しております。

 

アルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」。甘いバラードが並ぶ中、『When The Night』の個性に注目です。

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