Jooju Boobu 第103回

(2006.3.11更新)

Riding To Vanity Fair(2005年)

 今回の「Jooju Boobu」は、再びアルバム「ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード(裏庭の混沌と創造)」から。『Riding To Vanity Fair』を語ります。シンプルなテイストが印象的なアルバム中、もっとも異色の曲といえるこの曲は、プロデューサーのナイジェル・ゴドリッチの色がもっとも濃く反映されたといえるでしょう。また、普遍的なラヴソングが復活した今作において、この曲だけで「ポール個人の感情」が色濃く表れた点でも、異色の一曲です。そんなこの曲を語ってゆきます。

 アルバムの初回限定盤付属のDVDでポールが語っている通り、この曲は元々アップテンポのロックでした。この時の録音は公に出ていませんが、同DVDでポールがギター弾き語りでちょっとだけ演奏しています。それを聴く限り、ビートルズ時代の『今日の誓い』によく似た感じで、前作「ドライヴィング・レイン」に収録されていても違和感がないでしょう。ロックに近いアレンジで、それこそ2002年のツアーバンドと一緒に演奏したら似合ったかもしれません。元々「裏庭の混沌と創造」はこのツアーバンドと一緒に制作する予定だったので、もしかしたらその当初から取り上げるつもりだったのかもしれません。

 しかし、プロデューサーに迎えられたナイジェル・ゴドリッチのアドヴァイスで、この曲はその雰囲気をがらりと変えることとなります。まずテンポがぐっと落とされ、スローになります。この時点でこの曲は「ロック」より「バラード」に近づきます。これだけでもえらい違いなのに、さらにナイジェルが与えたアレンジは普段のポールとはかけ離れた摩訶不思議な世界でした。ナイジェルはレディオヘッドなどのプロデュースで知られていますが、この曲にはその時の手腕が色濃く反映されたのです。ダークでムーディーな(ポール談)、不気味な感じはポールの曲でも異色となりました。私はレディオヘッドを聴いていないので分かりませんが、グロッケンサウンドはレディオヘッドの影響だそうです。「裏庭の混沌と創造」収録曲では、もっとも分厚いアレンジのされた1曲です。

 さらに、「裏庭の混沌と創造」の収録曲としてはもっとも演奏時間の長い曲であり、5分も続きます。ビートルズ時代のように、2分や3分で終わるシンプルさが持ち味のこのアルバムの中では明らかに異色で、このアルバムではわざと避けていた繰り返しの多用を使うことで、延々と続くかのような長たらしいイメージがします。単に長たらしく飽きてしまう感じではなく、前述のダークなアレンジが「この先どうなるの・・・?」という不安感をリスナーに与えます。いつものようにだらだらしているだけでない演奏時間の長さは、ゴドリッチのアレンジあってのことでしょう。

 以上のように、「ダークで不安感を与えるアレンジ」「分厚い感じのサウンド」「5分を越える演奏時間」と、アルバム中最も異色であることは間違いなく、アルバムタイトル通りまさに「ケイオス(混沌)」を表現したかのような曲となりました。このような「混沌」は『How Kind Of You』や『At The Mercy』にも流れていますが、この曲が最高でしょう。ストレートなロックが、ここまで変貌するとは、考え付いたゴドリッチとポールに脱帽です。こういったサウンドの得意なゴドリッチと、自分流の音楽を築き上げてきたポール。全く趣向の異なる2人の才能がぶつかり合った成果といえるでしょう。このコラボレーションの成功例の1つといえるでしょう。

 演奏は、アルバムの他曲同様ほとんどの楽器をポールが演奏しています。ゴドリッチが機械を駆使して作ったループ状のアトモスフィア+グロッケンが曲の印象を決めています。(ただし、グロッケンはポールがおもちゃの鉄琴を演奏したものが元になっています!)全体的に陰鬱な感じで、外部演奏者によるストリングスが美しくも不気味です。星空を思わせる雰囲気です。他にもシンセ・テクノロジで生み出したアトモスフィア的サウンドが随所に入っていて、ゴドリッチのプロデュースだなと感じさせます。曲のベースとなるのは意外にもアコースティック・ギターで、これまたミステリアス。ドラムスはセッション・ドラマーによる演奏ですが、これまた延々と同じパターンが連続し、あたかもプログラミングのようです。ドラムの音はポールが演奏するそれに近くアルバム内での違和感はありません。

 ここまで、演奏・アレンジ面での異色さを強調しましたが、もう1つ異色なものがあります。それは歌詞です。2001年発売の前作「ドライヴィング・レイン」では、リンダの死・ヘザーとの交際というポール自身の環境変化があったため、それを反映した詞作が目立ちましたが、「裏庭の混沌と創造」では久々にポールらしい、普遍的なラヴソングが戻ってきました。もちろんパートナーであるヘザーさんに対しての想いがまったく込められていないわけではありませんが、いわゆる「バカげたラヴソング」が復活したのです。

 しかし、この曲ではそんな動向とは裏腹な詞作が強烈なインパクトを与えています。ポールはこの曲の詞作を「相手に与えた友情を拒絶された時の気持ち」とした上で、「特に誰のことも歌っていない」と付け加えていますが、明らかにこの曲には新妻であるヘザーさんに対するやるせない怒りが込められています。タイトルにもある「Vanity Fair」とは雑誌の名前だそうで、これに対しヘザーさんがインタビューを行ったそうなのですが、それがポールの癪に障ったようです(未確認なのであやふやですが・・・)。前作収録のその名も『Heather』ではほのぼの素敵な恋愛を夢見ていたポールですが、早くもぎくしゃくした様子を曲に露骨に示すこととなってしまいました。

 その詞作はかなり深刻です。「君が僕の力なんていらない今/僕は自分のことを考えよう」というくだりは、「ポール、離婚を考え出したか?」と思わせてしまいます。結婚して数年も経っていないのに、もう「毎日が若かった頃があった」と回顧モードに入ってますし・・・。これも夫婦間のジェネレーション・ギャップなのでしょうか。その死まで仲良い状態の続いたリンダさんとは、歳の差も性格も違うヘザーさんですから、無理はないのでしょうけど・・・。ビートルズの曲を知らなかったり、ポールのファンに向かって怒ったりと、ポール・ファンにあまり歓迎されていない(爆)ヘザーさんですが、ポールの怒りを知った私達はどのように感じるべきなのでしょうか。最近は夫婦揃ってカナダに渡り「アザラシの捕獲はやめよう!」と叫ぶなど再び仲の良さを見せていて一安心、といったところですが・・・。

 そんな深刻な歌詞が、例のゴドリッチ満開のダークなサウンドにのせて歌われるので、まるでポールの心中を音として見ているかのような感じに仕上がっています。曲を通してポールはシングル・ヴォーカルで歌っています。感情に任せてシャウトなどをせず、あくまで冷静と、淡々と歌っているので、非常に生々しく感じられます。歌詞の一句一句が胸に刻み込まれるかのようで、シャウトをしなくてもヘザーさんへの怒りは十分伝わってきます。これがもし、当初のアップテンポなスタイルだったとしたらポールはシャウトしまくりだったかもしれませんね。それこそ『Angry』みたく。しかし、あえて静かに淡々と歌うことで深刻に訴えることに成功しています。

 アルバムの中では、演奏面・アレンジ面・詞作面すべてにおいてもっとも異色の曲ですが、なぜだかアルバムのカラーからはみ出ることないのが不思議です。ゴドリッチの描き出した「混沌」が、ポールの「怒り」とぶつかり合ってできたこの曲はまさに誰も予想し得なかったマジックです。当の2人ですら、このアレンジを生み出した時には驚きを感じたのですから。音楽を創造することの面白さのエッセンスは、こういうところにあるのかもしれませんね。

 私がこの曲を大好きな理由は、別にヘザーさんが嫌いだからではなく(苦手であることは事実ですが・・・)、実は「Create Chaos」にあります(爆)。『Promise To You Girl』の時にお話したかと思いますが、実は私はアルバム本編を聴く前に「Create Chaos」で遊びまくっていました。「Create Chaos」の素材には、この曲が収録曲中もっとも多く使用されていたため、そこで聴き慣れた私がそのまま好きになってしまった、というわけです。そのためか、今でもこの曲を聴くと「Create Chaos」を思い出してしまいます(爆)。「Create Chaos」には、この曲のアトモスフィア+グロッケンやドラムス、オルガンがそのまま使用されています。ですので、この曲のリミックスみたいなものをいとも簡単に作ることができます。この曲はライヴでは演奏されていませんが、アップテンポのヴァージョンならライヴ映えしそうですね。あのバンドにお似合いですし。

 今回のイラストは、詞作が詞作だけに柊つかさ@「らき☆すた」はお休みし、ポール&ヘザーになっています。似ているかな・・・。

 さて、次回も「裏庭の混沌と創造」が続きますよ。次回紹介する曲のヒントは・・・「優雅な小曲」。お楽しみに!

アルバム「裏庭の混沌と創造」。ポールとナイジェル・ゴドリッチの才能がぶつかり合った名盤になるであろう最新作!

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