Jooju Boobu 第102回

(2006.3.07更新)

A Certain Softness(2005年)

 今回も最新作「ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード(裏庭の混沌と創造)」からです。今回は、『A Certain Softness』です。収録曲中、「ロック」「ポップ」という概念からもっとも外れた曲といえますが、これまで様々なスタイルの音楽を発表してきたポールの、音楽に対する尽きせぬ興味をうかがわせています。自分の持つポップ・ロック感覚に異種のリズムを持ち込んで、彼なりに消化してしまう・・・その魅力を再び新譜で味わうことができたのです。

 この曲は、一度聴けばひとめで分かりますが、ラテン音楽に影響を受けています。いや、もろにラテン音楽といえるでしょう。この曲はポールがギリシャに旅行した時に船の上で思いついたそうですが、彼自身は「ブラジル音楽」と発言しています。実際にはキューバ音楽に似たところがあるらしいです。この手のラテン風味の曲というのはポールの音楽には意外と少なく、ウイングス時代の『Bluebird』くらいでしょうか。曲の雰囲気はその『Bluebird』に似ていますが、そちらよりトロピカルで蒸し暑い感じがします。これがキューバならではなのでしょうか?(『Bluebird』もレコーディングがナイジェリアですけど)

 ポールの音楽の大きな特徴として、元より持っている自分の音楽の領域〜彼の場合ロックやポップ〜に加え、その時々に関心を持った異種の音楽の要素を彼なりに加味し、独創的なスタイルの新曲を作り上げてしまうことがあります。それも、そのままコピーするのではなく、ポールの音楽感覚にいったん通して消化してから取り入れるのが特徴で、そこに流行や興味を追いつつも自分らしさを失わないポールの秘訣を見ることができます。フレッド・アステアに影響を受けた一連のジャズソング、ディスコやテクノに影響を受けた'79年〜'80年の曲たち、エレクトリック・ポップやハウスに影響された'80年代後半、さらには英国のトラッドを吸収したデニー・レインとの共作などなど・・・挙げていたらきりがありません(ポールの大好きなレゲエもそうです)。『A Certain Softness』は、そんなポールの魅力を味わえる最新の曲です。ポールとしては保守的な感じのスタイルが並ぶ「裏庭の混沌と創造」の中でも、異色といえるでしょう。

 楽器は例のごとくポールが1人でほとんどを演奏しています(バスドラムやパーカッションの一部は外部の人間が演奏)。ギター、ベース、ピアノ、ハーモニウム、パーカッションはポール。曲の中心はアコースティック・ギターです。これがまたラテン風でいいムードを出しています。コード進行もあいまってどこか哀愁を漂わせています。ドラムレスで、代わりに大活躍しているのがパーカッションです。ボンゴを中心に据え、ラテン風味を出しています。ディレイを効かせたシンバル(どら?)が、独特の空気感を醸し出しています。サビに入る部分でブワーンと入るのが印象的で、蒸し暑さを出しています。アルバムの初回限定盤付属のDVDでは、ポールがどらをたたく様子が一瞬出てきます。また、ポールとプロデューサーのナイジェル・ゴドリッチが、シンバルのミックスを決めるため曲の音量をいじっている様子も見られます。後半から入るピアノのメロディも、「いかにもラテン」といった感じです。

 面白いのが構成で、サビの部分は2回(うち1回は間奏)しか登場しません。普通ならこのサビで終わるはずですが、大胆にも節できれいに終わらせています。盛り上がりを期待しているとなんだかあっけなく感じられますが、これは「シンプルに」したためでしょう。前回の『Promise To You Girl』でも触れましたが、繰り返しを少なくし余計な部分をカットすることで、ポールの癖である「繰り返し多すぎ」を防いでいるのです。イントロがカットされているのもその一環でしょう。おかげで演奏時間は3分にも届いていません。しかし、短い中にもぐっと聴きやすくなっています。

 歌い方も実にムーディーで、哀愁を漂わせています。ヴォーカルは大きくミックスされていて、まるですぐ近くで歌っているかのようです。サビの部分では少し高い音域をささやくように歌っていて、節との対比が印象的です。歌詞は、ポールいわく「これまで自分が書いてきたラヴソングの集大成」だそうですが、確かにいかにもポール、といった甘いラヴソングです。恋人の魔法のような魅力を歌っています。

 この曲はいわゆるマニアックな曲で、あまり「大好き!」というような人はいないと思いますが、私はアルバムの中でも好きな方です。ポールが、63歳になってまた守備範囲を広げたのがうれしいです。それに、このムーディーな感じはいいですね。もろキューバ音楽だそうですが、今まで意外にも少なかったジャンルだけにポールに見事はまっているのが面白いですね。ビートルズ時代の『And I Love Her』をキューバに持ってきたらこんな感じになるのでしょう。そう考えると、この曲もさほど常のポールが作るものと遠くはないようです。ライヴでも演奏してほしいですね。付属DVDでは演奏シーンが少なかったので余計に。あ、イラストはお約束通り「らき☆すた」の柊つかさです。

 さて、次回紹介する曲のヒントは・・・「ヘザーさん怒られる」。これも「裏庭の混沌と創造」からです。お楽しみに!!

アルバム「裏庭の混沌と創造」。今話題の一枚です。

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